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7月15日
来年の今頃は受験生だから、この夏は遊ばなきゃ。
――甘い。
進路のこと考えると、寂しくなるよね。
――甘い。
お互い第一志望に受かると、彼氏と遠距離になるのが辛い。
――甘いなあ。
昨夜から電源を切ったままにしているスマホの形を、スカートのポケットの中で確かめた。
鳴り響く着信音が、耳から離れない。
手に取った赤本は、2人の距離を如実に表わしている。大学名の下に描かれた県には縁がないし、中身の問題は1年後でも解ける気がしない。
「前嶋」
呼ばれるまま振り返って、しまったと思うには、遅すぎた。ここが図書室でなければ、走って逃げたのに。
「どういう意味だ、あれ」
「...合格おめでとうございます」
推薦で大学が決まった。だから、おめでとうございます。文字通りの意味だ。
「じゃなくて、別れるって」
そんなことを言って欲しくて、教えたわけじゃない。
「でも事実、無理じゃないですか」
来年には、大学生と高校生になる。あなたが遠くで世界を広げていくのに対して、私はもう1年、ここで子どものままでいなきゃならない。
「だって、遠いよ」
距離も。時間も。
「でも、俺は楽しみだよ」
そりゃあ、あなたは。
「前嶋がどんな1年を過ごすのか」
抱かれた拍子に、手にしていた本が音を立てて足下に落ちた。
「楽しみだよ」
耳元で囁かれると、かすれた低音は、より甘く鼓膜を刺激した。
「せんぱい」
見上げると、ブラウンの瞳に、心細そうな女の子が映っていた。
「すきっていって」
本棚に隠れた空間は、2人だけ。自分より逞しい腕に閉じ込められていたことも、私を大胆にさせた。
「好きだよ」
大人になった私は、この言葉を詰るかもしれない。そうだとしても、今の私にはこれが愛で、全てだった。
私も。
言おうとした返事は、吐息ごと奪われた。
マンゴーの日
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