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7月23日
磨き上げられた街のガラスに、歩き去って行く人々が映る。ひときわ目を引いたのは、一組のカップルだ。
女の方が、じっとこちらを見ている。
「どうかした?」
「別に」
物心ついたときから、「かっこいい」と言われてきた人生だった。ままごとをすれば必ずパパかお兄ちゃん役で、バレンタインには必ず1個は華やかなラッピングの手作りチョコをもらっていた。
成長期から同年代女児の平均を上回ってきた、身長だけのせいではないと思う。「子供服なんてすぐにサイズが変わるんだから勿体ない」という理由で、普段着の多くが兄のお下がりだったせいでもある。
服は、紳士物の方がストレッチが利いてゆったり着られる。髪は肩につくまでに切らないと、頭が重くて耐えられなくなる。
陸上で鍛えた脚が自慢だったので高校の制服はスカートだったが、ついたあだ名は「タカラヅカ」だ。
ほんとうは、女の子らしいリボンもレースも好きだった。友人がつけていた繊細なピアスにも、履いていたフレアスカートにも、憧れはある。
でもどうせ、似合わないでしょ。
心の中で言い訳したとき、自分が酷く醜く思えた。
そんな私が、ひとりの男性を相手に街を歩いている。デートをしている。恋をしている。
スカートを選べなかった代わりに、ブラウスはノースリーブにした。ダークネイビーは、パンツのベージュと合わせて上品でいてくれるはずだ。
靴は、スニーカーじゃなくてパンプスを選んだ。歩きやすいもの。ヒールは三センチ、これは絶対。
「かわいいね」
足を止めたのは、信号が赤になったからだった。
「...」
そんなこと、ない。
たとえば前に立っている女の子達は、私より頭ひとつぶん背が低くて、雑誌から出てきたようなワンピースと流行の型のサンダルを履いている。
「かわいいよ」
繰り返された言葉と、力強く握られた手に、涙が出そうだ。
腕にはめたバングルと彼の腕時計が、カチンと音を立てる。
「...」
返事どころか、右隣を向くことも出来なかった。下を向くとこぼれ落ちそうで、前を見ても信号のライトが滲んでしまうだろう。結局、誰でもない左斜め前の人のスニーカーを眺めていた。
こんなやつの、どこが可愛いんだろう。
嘲笑いたくなる。でももし、彼が次に好きになるのが前にいるような女の子だったら、私はほんとうに死んでしまうのかもしれない。
カシスの日
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