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7月3日
右隣に立つ先輩の横顔を、盗み見る。
「こうして見ると、きょうだいみたいよね」
「...そうですか」
「眼鏡だけじゃないですか、それ」
別に、力なく笑う先輩を助けたつもりなんてない。
「あはは、そっか」
この人だって、無責任に笑っているわけではないのだ。単純に、日常会話を楽しんでいるだけ。
「でも、足立が眼鏡なんてめずらしーね」
今朝から何度も同じ事を言われてきたであろう先輩は、特に面倒くさがることなく答えを述べた。
「コンタクトを切らしたんですよ。今朝起きてから気付いたので」
黒縁の眼鏡なんて、珍しくもないでしょう。
ね?と話を振られたので、頷いた。あまりに自然すぎて、私の方が焦ったかもしれない。変じゃなかっただろうか。
「へーえ、足立の眼鏡姿がレアものってわけね」
様子の変わらない相手に、ひとつ息を吐いた。合わせた手の光に目が行くのは、許して欲しい。
「デキる人間に見えます?」
反射的に、目を逸らした。わざとらしかったかもしれない。
「えー、どうだろ?今日も頑張ってね」
右手を挙げて、ヒールの音を立てて、すれ違う。いつ見ても、あの女性の背中はかっこいい。
「ごめんね」
「いえ」
手渡されたのは、貸していたファンデーションだった。眼鏡では隠しきれない目元の紅も、少しはカバーできただろうか。
「行こうか」
横から見るだけでは、わからない。
「はい」
先輩がここまで感情を揺らした原因を、私は知っている。
「今日は外回りなのに、同じことを一日中言われるのかな」
それは、私が彼を想っているからではない。
「かもしれませんね」
社会人として、憧れているから。横顔を見て、学んできたから。気付いたのは、たまたまだ。
「仕方ないね」
「はい」
もし、肩を貸しますよと冗談めかして申し出れば、笑ってくれるだろうか。不謹慎だと怒るだろうか。でも、この人が怒ってるイメージ、できないな。
「何笑ってるの」
「いえ」
兄妹なんて、変な話だなって。
涙の日
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