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7月8日
どこで人を選ぶのか。性格、好み、話し方、顔。人の数だけ意見があっていいと思う。
俺の場合はというと、靴、だ。
好みの形は、その時の気分で変わる。気軽に遊びたいだけの時は、足先の尖ったピンヒール。じっくり話を聞いて欲しい時は、流行の厚底スニーカー。
今日は、スニーカーの気分。できれば少し汚れていて、ジーンズかジャージの裾が見えればベスト。はっきり言うとダサい子で、言葉を選ぶなら都会に慣れていない感じの子。
受け身の子が多いから、話を聞いて欲しい時に探す。初心な反応が愛らしいけれど、話がこじれると厄介なので要注意。
そんなことを考えながら駅前で佇んでいる自分が、いちばん厄介で最低だ。知っている。使い捨てカイロの温もりがストーブの温もりに勝てないのは当たり前で、でも手軽なカイロについ手が伸びてしまうのだ。
「お姉さん」
呼び止めたのは、白いスニーカーだった。黄ばんで見える布地が、決め手だった。
「お店予約してたんだけど、1人来れなくなったんだ。助けてくれない?」
眼鏡の奥でまばたきをしたのは、ぱっちりとした二重まぶただ。戸惑うように動いた唇には、さくら色のグロスが華やかに色づいている。
「あの」
「ん?」
背は高め、体型は女性らしいというよりスレンダー。
これ、当たりきたかも。
「2度も同じ手なんて、つまらないですね」
「え?」
「でも、今日は先約があるので失礼します」
「先約?」
左腕の時計も、肩に掛けたバッグも、流行のブランドものだった。
「女友達ですよ。あなたに言う義理もありませんけど」
恭しく頭を下げて、人混みに消えていく。後ろで縛った髪の毛を見て、思い出した。
半年ほど前、同じ台詞で話し掛けたのだ。
確か時間も遅くて、残業帰りの企業戦士が行き来していた。諦めて帰ろうとしたところで、あの人を見つけた。というより、目立っていた。何しろ、靴を履いていなかったから。
「大丈夫ですか」
伝線したストッキングで歩き続ける女性が、あまりに痛々しかった。右のハイヒールが壊れたというので、量販店に案内して、なぜか代金まで支払ったのだ。恐縮する彼女に、咄嗟に出てきた。
「友人と店を取ったんだけど、来られなくなったって言われたから、助けてくれませんか」
「...それって助けになるんですか?」
いぶかしげに眉を寄せた彼女は、本当に食事だけで帰った。
珍しいケースだから、思い出せた。
彼女は誘い文句を理解していたのか。その上で、食事だけで帰ったのか。それとも、今回が2回目だったので理解したのか。
すっかり頭の重くなった俺は、帰ることにした。すれ違ったスニーカーに見覚えのある気がしたけれど、たぶん気のせいだ。
ナンパの日
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