7月8日

1/1
前へ
/31ページ
次へ

7月8日

どこで人を選ぶのか。性格、好み、話し方、顔。人の数だけ意見があっていいと思う。 俺の場合はというと、靴、だ。 好みの形は、その時の気分で変わる。気軽に遊びたいだけの時は、足先の尖ったピンヒール。じっくり話を聞いて欲しい時は、流行の厚底スニーカー。 今日は、スニーカーの気分。できれば少し汚れていて、ジーンズかジャージの裾が見えればベスト。はっきり言うとダサい子で、言葉を選ぶなら都会に慣れていない感じの子。 受け身の子が多いから、話を聞いて欲しい時に探す。初心な反応が愛らしいけれど、話がこじれると厄介なので要注意。 そんなことを考えながら駅前で佇んでいる自分が、いちばん厄介で最低だ。知っている。使い捨てカイロの温もりがストーブの温もりに勝てないのは当たり前で、でも手軽なカイロについ手が伸びてしまうのだ。 「お姉さん」 呼び止めたのは、白いスニーカーだった。黄ばんで見える布地が、決め手だった。 「お店予約してたんだけど、1人来れなくなったんだ。助けてくれない?」 眼鏡の奥でまばたきをしたのは、ぱっちりとした二重まぶただ。戸惑うように動いた唇には、さくら色のグロスが華やかに色づいている。 「あの」 「ん?」 背は高め、体型は女性らしいというよりスレンダー。 これ、当たりきたかも。 「2度も同じ手なんて、つまらないですね」 「え?」 「でも、今日は先約があるので失礼します」 「先約?」 左腕の時計も、肩に掛けたバッグも、流行のブランドものだった。 「女友達ですよ。あなたに言う義理もありませんけど」 恭しく頭を下げて、人混みに消えていく。後ろで縛った髪の毛を見て、思い出した。 半年ほど前、同じ台詞で話し掛けたのだ。 確か時間も遅くて、残業帰りの企業戦士が行き来していた。諦めて帰ろうとしたところで、あの人を見つけた。というより、目立っていた。何しろ、靴を履いていなかったから。 「大丈夫ですか」 伝線したストッキングで歩き続ける女性が、あまりに痛々しかった。右のハイヒールが壊れたというので、量販店に案内して、なぜか代金まで支払ったのだ。恐縮する彼女に、咄嗟に出てきた。 「友人と店を取ったんだけど、来られなくなったって言われたから、助けてくれませんか」 「...それって助けになるんですか?」 いぶかしげに眉を寄せた彼女は、本当に食事だけで帰った。 珍しいケースだから、思い出せた。 彼女は誘い文句を理解していたのか。その上で、食事だけで帰ったのか。それとも、今回が2回目だったので理解したのか。 すっかり頭の重くなった俺は、帰ることにした。すれ違ったスニーカーに見覚えのある気がしたけれど、たぶん気のせいだ。 ナンパの日
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加