三十路オメガお化け屋敷に挑む

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 スマホの画面を眺めながら、小さくため息をついた。そうしていつも見ているイヤホンに目線を落とす。 「もう、おやめになられては?」  仕える社長の左耳にはいつもイヤホンが着いている。それが何を告げているのか知ったのはつい最近のことだ。ゴルフ場からの帰りの車の中で、突然「あっ」と社長が叫んで耳からイヤホンを取り外したのだ。隣に座っていた寺山は、座面から足元に落ちたイヤホンを慌てて拾い上げ、微かに聞こえてきたその音に頬が軽く引きつった。 「うぬぬぬぬぅ」  低い唸り声のようなものを喉の奥から絞り出し、社長は貧乏ゆすりを始めた。社長のその動作が考え事をする時の癖なのだと知っている。今回のそれは、ついに最終決断をしなくてはならない葛藤なのだろう。 「明日は早朝会議が控えておりますので、ご決断はお早めに」  寺山は手帳を確認しながらいつもの口調で告げた。 「わかっている」  そう言うと、社長は耳からイヤホンを外した。 「よく消毒しておいてくれ」 「かしこまりました」  寺山はイヤホンを受け取ると、消毒用のウェットティッシュで丁寧にふき取り、紫外線ボックスにしまった。そうしてスイッチを入れ青い光を確認すると、社長室の扉を開けた。 「真っ直ぐご帰宅でよろしいですか?」 「ああ」  社長は決断をしておきながら、まるで苦虫を噛み潰したような顔を隠そうともしない。その顔をのまま車に乗り込み、帰宅をすれば満面の笑みを愛するオメガに向けるのだ。 「では、明日は7時に参りますので」  寺山はそう言って頭を下げた。  社長の気配が廊下の向こうに消えてから、ゆっくりと歩き出すと、その先に見知った人物がたっていた。 「木崎くん」  声をかければ、木崎は軽く頭を下げた。  寺山がここに来た時に、車止めに他の車は見当たらなかったから、木崎は随分前にここに到着していたのだろう。コートをきちんと着ているから、寒くはなさそうではあるが、鼻が少し赤くなっているので、ここで寺山を待っていたということが分かる。 「ご迷惑をお掛けしました」  そう言ってはくるけれど、寺山としては何も迷惑なんて被ってはいない。どちらかと言えば、義隆が迷惑を被ったかもしれない。しかし、本人が何も知らなければそれは迷惑にはならないだろう。 「明日、渡したい物があります」 「分かりました」  寺山と木崎は、それぞれセキュリティキーを使って門をくぐると、お互い反対の方角に歩いていった。
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