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ハッピーエンドロール
青年は、邪悪な魔術師を打ち倒した
英雄となり、王国の美しい姫と結婚し、
王城に住むことになりました。
幼い頃、自分が憧れた英雄の暮らし
そのものでした。
それでも、
青年はそれを幸せだと思えませんでした。
ある夜、青年は城の地下室に赴きました。
王城の大工に内密に造らせた秘密の地下室に。
地下室は薄暗く、壁に掛けてある
松明の炎が部屋の中心にある
黒い棺桶を優しく照らしていました。
棺桶の蓋には、「ミオ」と
彫ってありました。
青年が恋した、黒髪の少女の名前でした。
青年は棺桶の蓋を開けました。
棺桶の中には、黒髪の少女が、
ミオがいました。
生気を失った肌と、もう二度と開かない
金の瞳を持った、骸となって。
青年は、棺桶のそばに膝をつき、
手を組みました。
「どうして」
青年の問いかけに、
答える声はありませんでした。
青年は、ミオの声を日に日に忘れていくのを
感じていました。
楽しそうな笑い声、
自分と会話しているときの話し声。
そして――自らの剣で、とどめを刺したときの断末魔でさえも。
それでも1つだけ、
忘れられない声がありました。
剣を刺され、断末魔をあげて
倒れたその後、駆け寄った青年に
小さな声で、
「これで、君は英雄だ」
「ねぇ、英雄、ミゲル」
青年の名を、英雄として初めて呼んだ
その、心底愉しそうで邪悪な嗤い声を、
ミゲルは、忘れられそうにありませんでした。
ミゲルは棺桶の中の
邪悪と化したミオの顔を見ました。
死体とは思えぬほど、幸せそうな顔でした。
ミゲルは、ミオを邪悪な魔術師として
殺したその日から、ずっと後悔を
繰り返していました。
何度も何度も、どうすれば
ミオを殺さずにすんだかを考えました。
それでも、そもそもどうしてミオが
邪悪な魔術師になったのかは
どうしても分からず仕舞いでした。
ミゲルは、確かに憧れた英雄になりました。
その代償に、恋した少女を、ミオを
そうとは知らずに、自らの手で殺しました。
最期にミゲルは、
棺桶に入れたときと同じように
ミオを抱えました。
そのまま自らの心臓に、
見よう見まねの死の魔術を放ちました。
意識が遠のく中、
どこからともなく、
あの嗤い声が聞こえたような気がしました。
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