店長

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 内房に着くなり、変なものが寄って来た。  顔が、妙に、白い。  いや病的ではなく、白粉(おしろい)を塗りたくっている。頬には濃すぎる桜が無骨に置かれ、唇は太く真紅の薪。本来は大きかろう瞳を近頃流行り始めた耳掛けの両丸眼鏡で奥へと追いやり、髪は乱れて耳から頬までを隠しつつ両肩に垂れる。  そして、巨大。  巨大な、女……とは言えぬ、妙な生き物だ。昆虫の角のごとく黒々と凛々しく上向きに描かれた二本の眉がまた、滑稽を増している。  ふうわりと巨体に纏う長衣は女物の合わせにて、白緑に拳大の朱の斑点を施した奇怪な柄だ。正絹の布質も発色も素晴らしいだけに、(ひとえ)(あるじ)の趣味の責にて残念な出来と言わざるを得ない。  ……つまり、妖怪だ。これは。  瞬きをするのも忘れて眺めるに、妖怪は廼宇の肩にいやらしく手を回した。 「廼宇ちゃん、どうお? 元気にお仕事、してる?」  甲高い声。しかし不快ではなく、愛嬌はある。愛嬌はあるが。  目を見開いたまま声を出せずにいると、妖怪は声を上げて皆を集めた。 「緑如ちゃんはお店に行ってね。他のみんな、集まれ~っ」  緑如を除く皆が一同に介した。昼前の内房と同じ総勢四名の前で、廼宇は妖怪に肩を掴まれている。皆は、ああ、来た来た~、と出し物でも見るかのように楽しそうにほほ笑んだ。 「お久ぶり~。またまたずいぶん留守にしちゃったけど、みんな、元気にしてたかな~?」 「はい!」  腹から出る威勢の良い声で、店員たちの返事が揃う。よくぞコレを相手に平然と返事が出来るものだ。感動すら覚える。 「それで今日はね、みんなに嬉しいご報告があるの」  妖怪は廼宇の肩に手を置いたまま、ちょいとくねくねしながら話し始めた。背筋をぞわりと、冷たい虫が這った気がする。 「わたしほらね、ずうっと言ってたでしょっ。どこかにいい男いないかしら~、って。わたしのお相手、いないかしら~、って。……そして、ついに見つけたの! この、廼宇ちゃんで~す!」  今度こそは、皆の目が見開かれた。  しかし一番目が大きいのは廼宇だ。何しろ、今まで見開いていたものをさらに大きくしたのだから。
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