店長

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「ああ、あの、禁忌。本当に勝手な人ですよね。嫉妬の塊で。でも大丈夫ですよ、真偽は見抜く方でしょう。故意にか事故かはおわかりになるはずです」     未陽はまたひとしきり笑い転げてから言った。 「あの方のことをそんな風に。でもそうですね、確かに、わかってくださいます。そういう方です。私もそう思います。少し過敏になってしまいました。申し訳なかったです」  そう言って、そそ、と近くに戻って来た。 「いえいえ。あなたのせいではありませんから」 「あの……ところで私、気になったのですが」 「はい」 「あの暁嬢様をご存じなかったならばもしかして、廼宇さんは暁嬢様の素のお顔をご存じなので?」 「え、ああ、まあ。そうですね」 「どのようなお顔でしょうか。誰一人として存じ上げないのです。本当に謎めいておいでで。近くの花街でも有名らしいのですが、妓館遊びでさえあのままだと伺いました」 「妓、妓館遊び?」  あっ、しまった、という風に未陽は口を袖で塞いだ。 「さ、仕事に戻りましょう。すみません。本当に、すみません。余計なことばかり」  しかし仕事もあまり進まぬうちに、昼下の茶菓を食べなければ、という話になった。ううむ、妖怪はまだいるのだろうか。嫌だなあ。  そして行ってみれば、まさにあの姿で、真っ赤に塗りたくった口に嬉しそうに小籠包を放りこんでいる。 「食い意地の張った妖怪だ」  隣で未陽が、ひっ、と息をした。 「廼宇さん、心の声が漏れています」あ、しまった。 「……廼宇ちゃんも食べなよ。美味しいよ。安慈の茶菓は本当に美味しいんだよ」  そう言って妖怪は廼宇の口を無理やりにこじ開け、小籠包をねじ込んだ。 「あぁっつ! 熱いですって!」
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