店長

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 妖怪は茶菓を食べて腹が満ちると機嫌が良くなり、去っていった。  わたしたちったら、仲良しさんだからすぐ近くに住んでるのよねっ。廼宇ちゃん、また後でねぇ、などとまんざら嘘でもない別れの言を告げながら。  どうやら、確かに別の職があるらしい。  その日を終えて北別屋敷に戻ると先に夕餉を食するように雨華に促され、のちもなかなか戻らなかった。やっと戻り夕餉をとっていると聞いて食堂へ急げば、既に化粧は落ちた素顔である。  ……やはり、素顔はなんとも、麗しい。まじまじと眺めるうちに、食の済んだ暁士がにやりとした。 「どうだった、妖怪は」 「全くもって奇怪でございました。しかしこの麗しきお顔を隠すには、確かに良い案かと思われます」 「ははは、俺の素顔は目立つからな」  ううむ、目立つという意味ではあの姿のほうが余程目立つであろうが……。 「西中都や原限でトゥルダから荷を買い占めたのが、暁嬢様ご自身でいらしたとは。白粉を塗った面白い人だったからつい売った、との話でした」 「ああ、青い目の男だな。同業の敵手相手にさようなことまで漏らしたか。……そうだ。麗糸を買い占めたは、まさにこの俺。お前は(かたき)に抱かれていたというわけだ。……不快か?」  この食堂は、広い。  行燈と蝋燭の数、そして紫檀を主とした上質な調度の全てに至るまで、来客との餐にも耐えうる豪奢なつくりだ。食卓も広々として十名ほどの余地がある。距離のある対席にいた廼宇は立ち上がり、暁士の脇へと移った。 「……全ての始まりでござりますれば。暁嬢様には感謝を申し上げたいほどでございます」  微笑む暁士の手が頬に触れ、撫でられるままにしばし目を閉じる。  互いに堪能して手が離れてから、だがそういえばと思い出し、少しばかり不服を口にした。
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