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「……なんだこの布団は。冷たいではないか」
廼宇の私室で、廼宇の真新しい寝台に、廼宇より先に、勝手に潜り込んだ暁士が文句を垂れている。まあ、それもこれも暁士による誂えなのだから是非もなし。
「も、申し訳ない。湯上りに元怜様が炉に炭を入れてくださったところ部屋が大変暖かくて。これならば今日はこのまま寝ようかと思った次第です」
暁士の文句はつまり、布団に陶行火を仕込んでいないということだ。木枠付の陶箱に炭を入れ、防火の革と綿の厚袋で包んだものが陶行火。眠る半刻前にでも布団に仕込めば入った折にヒヤリとせず、足元にずらせばそのまま温かい。
寝る時期もわからずやって来た暁士なのだから、行火などなくて当たり前だ。しかも、実のところ廼宇としては今日ならず使わぬつもりだった。
一段下に掘られた炉に炭を入れ蓋をする。そこから絨毯の高床全面の下に暖気がまわる仕組みだ。それに火鉢もあるのだから部屋の中は十分に暖かい。
西中都でも真冬にはそれなりに寒くなったが、住み込みの個室には火鉢がひとつのみだった。食堂の床下には煮炊きからの暖気を回していたから暖かく、夕飯後にも食堂から離れがたくて皆でくつろいでいたものだ。
「本当に、こちらは私には過ぎたる住まいでございます。用意しますのでお待ちください」
「待たぬ」
「…………」
「俺が入って温めてやっている。そんな用意はいいからさっさと荷を捌いて来い」
荷というのは今朝ほど買った品々だ。
廼宇のなけなしの衣服は西中都の宿に残してあり、宿を掃うという凌瓦の偽文書のせいで皆への贈り物ごとどこやらに消えてしまった。
昨夜泊った玲邦は問屋街なので、町を出る前に衣服や日用の品をあれこれと仕入れて来たのだ。それでも片付けるに時のかかる量ではないが、室内の調度や造作、炉のつくりや大量の書物などあちらこちらに興が沸き楽しむうちに、すっかり作業が遅れてしまった。
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