店長

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 玲邦の頼喜街、北の角の薫布在店。  緑如は背がひょろりと高い二十代半ばの男だった。髭はいずこもきれいに剃っているので若く見えるが、細身に確かな貫禄を纏う。  天辺には凌瓦のそれとは異なる、信を感じる愛想のよい笑顔が常に浮かび、店員もまた応えるかのごとく活気がある。汎材在店のような大店ではないが、小ぢんまりとした店舗の内には若さと覇気が満ちていた。  店先には西方の更紗や北方の湖獣の皮など、遠方のものまでを含む質のよい品が並んでいる。意匠にも凝った物が多く、見るほどに選び抜いた仕入れであると感心した。  数は少ないが麗糸も逸品だ。トゥルダが運んだ細工物とは異なって見えるのは、他にも仕入先を開拓しているのだろう。汎材在店の邪魔をせぬ心遣いか。  店員を集め、新人だが布地屋の番頭経験がある男と紹介をした後で緑如が店内を一通り見せてくれた。 「西中都の汎材在店の件では大変お世話になりました。こちらの店を留守にするのも大変でしたでしょうに」  二人のみの折を見計らって慇懃に礼を言う廼宇に、爽やかな笑顔を返す。 「大店への勤めは初ゆえ、こちらこそ大変勉強になりました。西方の布地にも多く触れられて、店長代理の職からも逃れて快適でしたよ。……でも」  いったん言を切り、言い聞かせるように人差し指を立てた。 「西中都にいたことは皆には内緒です。店長が日頃より不在ところに店長代理までが三月の雲隠れ、皆にはかなりの負担を強いました。実際には何と申しますかその、店長の我儘みたいなものですが、実家の有事としています。よって私とは初対面ということで」 「伺っております。承知しました」
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