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「ああ、ありがとうございます。ビールまで出していただいて」  ちなみに悠李は酒に強いとも弱いとも言えない体質だ。酔い潰れて寝るということもない。 「いやいや、俺もひとりで飲んでいて寂しかったところなんだ、悠李くんが来てくれて助かった」  ふたりはビールを開けた。  乾杯、と缶をかち合わせて、一口含む。  悠李は「ふー、おいしい」と言いながら口元のビールの泡を拭う。  澤田はスナック菓子をごく自然に食べた。睡眠薬はまだ混ぜていない。こうして安全性を示すために、キッチンであらかじめふりかけることはしなかったのだ。 「何時に向こうから出てきたの?」  澤田は会話を再開させた。 「五時ぐらいですね。仕事を終えて家で支度してから来ました」 「キャリーケースを持ってきたということは、今日は泊まっていくのかな?」 「ええ、そうさせていただけるとありがたいですね。いいですか?」 「ああ、いいよ。いいとも。俺がきみを拒否する理由はどこにもない」  実際は宿泊せずにいますぐにでも立ち去ってほしいと拒否したいのだけれど、中に入れているのに突然義弟を締め出すのは、尚更不信感を抱かせる愚行になってしまう。  だが、締め出さないのは、それはそれで窮地なのだ。  泊まるのなら、麻里佳の隠し場所は分が悪い。分が悪いどころか全部が悪い。  澤田は麻里佳を混乱のさなか、あるところに隠したのだが、それは訪問者が不明で、しかもすぐに帰るだろう、少なくとも家には入らないはずと踏んでの寸法だった。  しかし、その寸法とはまるで反対の進行になっている。あの隠し場所がより不利に働いている。  判断力が鈍っていたとはいえ、手間を惜しんだツケが回ってきた。多少時間がかかっても自前のキャリーケースに無理くり押し込めばよかったか――いや、そうすれば警察を呼ばれていたのだった。あの工作でさえぎりぎりだったのだから、当初の計画に忠実なら確実に間に合っていなかった。  何にせよ早期に決着をつけなければなるまい。  麻里佳の死体が見つかる前に悠李の意識を奪わなくては。  いつ睡眠薬を混入させようか。
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