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「そう言ってくれるのは、義弟として嬉しいですよ。いいお義兄さんを持ったなあ。出会ったときの非礼を謝りたいくらいです」  心がこもっている気配がまるでない。 「当然のことをしたまでだよ。だから謝らなくてもいいよ」  その代わり、家から出ていってほしいところだけれど、そんな態度をおくびにも出してはいけない。それは皮肉でも何でもなく、自分の首を絞める行為だ。 「ところで、仕事のほうはどうだい。順調かい?」  澤田は話題をすり替えた。  互いに褒めそやす会話なら、いつしかぼろが出そうで怖かったのだ。 「ええ。自分で言うのも恥ずかしいですが、うまく波に乗れているの感じです」 「へえ、それはいいな。俺も悠李くんにあやかりたいものだよ」 「お義兄さんは仕事、どうなんですか? お義兄さんの職場にぼくの知り合いがいますけれど、優秀だって聞きますよ」 「ああ、瀬川くんね。あいつ、なかなか口が軽いな。まあ、剽軽者だから告げ口されていると思ってはいたけどな」 「ぼくと友達だって聞いていましたか」 「瀬川くんのほうから『悠李のお姉さんの恋人ですよね』と話しかけてきてくれたからね。そこからきみとの関係性を知っていたよ」  以来、澤田と瀬川はそれなりに話す仲にはなっていた。澤田は彼の仕事だけではなく恋愛相談にも乗ってあげたりもした。  しかし、そのときのエピソードは思い起こされなかった。  思い起こせなかった。  いまの澤田には瀬川などどうでもいいのだから。  麻里佳が見つからないように取り計らうことに、脳のキャパシティをフルに使っていてはそれもやむかたないだろう。 「瀬川くんも仕事熱心だし、きみは姉だけではなく友達にも恵まれているんだな」 「そんなこと急に言われると照れますよ。たしかに姉さんは優しく何事にも秀でていて、美人で人格者ですけれどね」  麻里佳と並べてしまうと瀬川のことなんかどうでもよくなってしまう悠李なのだった。 「そういえば」  と、悠李は追憶の彼方だった事柄を思い出したように言う。 「結婚式は丁度来週でしたっけ」 「……ああ、そうだな」  一瞬、言葉が淀む澤田。  勘づかれたか。 「今日、どうして姉さんのところに来たかったのか、実は自分でもよくわからなかったんです。しかし、お義兄さんと話しているうちに判明しました」 「…………」 「最初は姉さんへの愛が溢れたからかと思っていましたが、それだけじゃあありませんでした。姉さん、結婚するんですもんね。結婚するってことは、会える時間がなくなるってことですよね。多分ぼくは、そのことが心配になって会いに来たんだろうと思いますよ」  勘づかれてはなかったか。  ほっとして視点を悠李の言に戻す。  悠李の中での結婚観は、結婚すると夫婦の間にきょうだいが差し挟む余地がない、という念があるらしい。  否定はできないだろう。新たな家族優先になってしまう側面はどうしたって生まれる。子供ができれば尚更きょうだいに時間を割くのは難しくなるだろう。  そういうイメージがあるから会えるうちに会いたいという意識が知らぬうちに働いていたようだ。
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