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「……そんなことはないよ」
悠李に対し澤田は言う。
麻里佳が生きていて、いまだ好き同士の体で言う。
「麻里佳と俺が契りを交わしても、きょうだいの縁が千切れるわけじゃない。きみが姉さんに会いたいときは俺が取り計らってやるよ。だから、そう急いで会おうとしなくてもいいんだよ。これからもうちに来なよ。今度は一言連絡くれるとありがたいけれどな」
もっとも、悠李は麻里佳とはもう生身で邂逅することはない。悠李がこの家から去ったあと、麻里佳を埋めに行くのだから、二度と顔を見ることができない。
悠李ははにかみながらこくこくと頷く。
生意気なところもあるけれど、なんだかんだ言ってかわいい義弟だ。そんな彼から姉を結婚ではなく殺害で奪ったことへの呵責は驚くべきことに浮かんで来ないけれど。
「あーあ、やっぱりいまから姉さんと話したいなあ。電話かけようかな」
「友達とはしゃいでいて出ないんじゃないか」
遠回しに電話をかける行為を止めさせる澤田。
麻里佳のスマホはこの家にある。彼女はいつもマナーモードにしているので、電話音は鳴らないはずだが、万が一に備えて止めておきたい。
「かけてみるだけかけてみます」
だが、制止をものともしない悠李。
「いや、本当に出ないんだよ」
澤田も語気をやや荒げる。
「ぼくと姉さんの絆にかけてかけます」
悠李は言いながらスマホに耳を当てる。既に麻里佳のスマホへと発信しているようだった。
発信の引き留めには失敗したが、しかしそれはあくまでも副次的な効果である。そうでなければ遠回しな言いかたはしない。本質は、連絡がつかないのは仕方がないという印象を与えることにあった。
『電話には出ない』→『友達と遊んでいるから当たり前』――そんな印象を植え付ければ、麻里佳が着信に応じなくても疑いを持たないはずである。
元々、麻里佳のアリバイは説明しているので(嘘のアリバイだけど)、更に刷り込む形だ。
しかし、澤田の思惑は大きく外れる。
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