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「…………!」
澤田は思わず驚きの声を洩らしそうになった。
なぜなら、悠李が電話をかけているこのタイミングでスマホ独特のバイブレーションがリビングに響いたのだから。
馬鹿な、と澤田は焦る。あいつのスマホはあいつのズボンのポケットに入っているはずだ。運ぶ前に確認したんだぞ。
澤田はスマホの振動を誤魔化すために何かを喋ろうとしたが、口元に人差し指を立てている悠李の突き刺すような眼差しに黙らされてしまった。
静まりかえるリビングにバイブレーションがひとつ。悠李は耳を澄ませながら震源を探った。足音すら立てずに移動し、ソファの傍で腹ばいになった。そしてその下を覗き込み、腕を伸ばす。少しして引き上げると、彼の手には揺れ動くスマホが握られていた。
「なんでこんなところに姉さんのスマホがあるんだ?」
悠李は自分のスマホの発信を止めると、ソファの下から出てきたスマホも静止した。
ソファは麻里佳を殺害した位置と比較的近い位置にあった。おそらく澤田が麻里佳を担いだ際、はずみでポケットからスマホが飛び出したのだろう――ポケットが浅かったので、うまく固定されなかったのだ――。そして奇跡的にフローリングに落ち、ソファの下に滑り込んだ。
「……忘れていったんだろう」
悠李が独り言のように呟いていた問いを澤田は返した。沈黙していると見透かされているような気持ちになって、言葉を発せずにはいられなかった。
「忘れていった? お義兄さん、姉さんはさすがにそこまでおっちょこちょいじゃないですよ。防犯意識はあったはずです」
「麻里佳は鞄に防犯ブザーも入れていたから、それで安心して油断していたんじゃないかな。ほら、あいつはスマホをいじらないからさ」
その人物像はここ数ヶ月でかけ離れていたけれど。彼女は数ヶ月前からしきりにスマホを気にしていた――それが殺害の原因と繋がっている。
自動的に溶暗した麻里佳のスマホの画面を見つつ、悠李は微笑んだ。
「そうかもしれないですね。来週、結婚するからって浮かれているのかなあ」
ただ、と今度は苦々しい表情をとる。
「泊まってくるにしても防犯ブザーだけじゃあ、やっぱり心配ですね」
「そんなことはないんじゃないか」
「どうしてそんなことはないと言い切れるんですか!」
と、悠李は迫真の口調で一喝した。
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