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「じゃあ、風呂の用意してくるからもう少し飲んでいてよ。冷蔵庫にビールもあるから自由にとってもらってもいいからね」 「そうですか。では、ゆっくりさせてもらいます」  返事をもらって、澤田は廊下に出た。リビングとを隔てる扉を閉める。そのままリビングのすぐそばの右にある引き戸を開け、閉めた。閉めたあとも念入りに引き戸をその方向へと押し込む。閉める動作が大切なのだ。  洗濯機や洗面台が揃った脱衣所から風呂場へ。そして浴槽の蓋を取り外した。 「……相変わらず、顔だけは綺麗だね」  浴槽に折り込まれている麻里佳を眺めて、澤田は顔を撫でた。  その手はそのまま首元まで行き着く。首には絞殺で生じた手の痕が怨念のように残っている。唇や両手、両足はチアノーゼで青紫に変色していた。  咄嗟の隠し場所としては五十点くらいだろう。最高得点は物置だっただろうが、それよりもリビングから近い風呂場を選んだ。混乱していなければ、物置に更にひと工夫して隠しただろう。  澤田は麻里佳から手を離し、担ぐ。そして彼女を今度は洗濯機の中に詰めた。家庭用にしては大容量だが、ダイニングテーブルと同じで将来子供ができると洗濯物も増えるからと、口の大きな種類を選んだのだった。  麻里佳を丸めるように仕舞うと、澤田は洗濯機の蓋を降ろし、その上に洗濯カゴを置いた。ここに脱いだ服を入れるように仕向ければ、いくら悠李でも洗濯機の中は覗くまい。自分の脱いだ服が放置されたままで恥ずかしいからと、念押しに言うとしよう。  それから風呂を洗って、お湯を入れる。スマホのこともあったから念のためもう一度、風呂場と脱衣所を見渡し、手落ちがないことを認めて、その場をあとにした。  リビングに戻ると、悠李は二本目のビールを開けていた。酔えば酔うだけ睡眠薬の威力は強まる。それから眠ってもらって――こいつも埋めよう。 「風呂、いれてきたから。あと十五分くらい待っててな」 「わざわざありがとうございます」 「やっぱり悠李くんが風呂に入っている間に何かつくっとくわ。俺も小腹が空いてきたし」 「そうしていただけるとありがたいです。さっきはああ言いましたが、実は酒を飲んでいるうちにぼくも小腹が空いてきたんですよね」  入浴の誘いより骨が折れると思われた食事への誘いだが、意外なことにすんなりとことが運んだ。  食事への自然な流れを出すために入浴を潤滑油にしたのが功を奏したのか? まあ、この際何でもいい。  悠李がリビングから目を離している隙に料理をつくり、彼への皿に盛り付けたそれに睡眠薬を混ぜてやる――調理時間がネックだが、夜中の十一時を回ったこの時間帯、凝ったものではなくても怪しまれることはないはずだ。  澤田はビールを飲む。悠李と話したり風呂をいれたりしていたからぬるくなってしまっている。ぬるいビールは飲めたものではない。酒ではなく、苦いだけの薬剤だ。  澤田の微妙な表情を見るや、悠李はキッチンに向かってビールを持ってきた。ご丁寧にキッチンで栓を開けてきてくれた。 「お義兄さん、どうぞ」  悠李はビールを澤田の前に差し出す。 「気が利くねえ」  好感度が高いとは言いがたい自分にこんなに優しくしてくれるとは、澤田は夢にも思わなかった。こんな気遣い、いままでしてくれたことがない。
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