◆ ◆

11/11
前へ
/22ページ
次へ
「あなたと出会ったころ」  突然、悠李は神妙な語り口で切り出した。 「ぼくはあなたのことが嫌いでした――そして、いまも嫌いです」  それはわかっていた。悠李が現在進行形で嫌っていることくらい。  しかし、もはやそんなことは関係ない。  眠らせて、殺すのだから。 「ですが、姉さんを任せられるのはあなたしかいないとも思っています。ぼくと姉さんは所詮きょうだい――結婚はできない。だからと言って姉さんの結婚を妨げる権利はぼくにはありません」  伏し目がちだった悠李は顔をあげる。 「ぼくの代わりに姉さんを幸せにしてください。後生です。お願いします」  悠李はダイニングテーブルすれすれまで深いお辞儀をした。  言われなくても任せて欲しい、きみの姉さんは大切にするよ――とは、彼女の本性を知り、殺める前までは自信を持って発することができた。  しかし、もはや叶わない願いだ。 「……わかった。きみの思いに答えられるように頑張るよ!」  口を衝いたのはおざなりな台詞だった。熱を入れた振りをして大仰な声調で伝えた。悠李は「ありがとうございます」と、掠れるような声で頭を下げたまま言った。  澤田は悠李が持ってきたビールを口に入れた。何となく、杯を交わした気分の一口だった。半分くらい飲んだところで、缶をテーブルに置く。 「ところで、お義兄さん」  悠李は頭を下げながら、 「やっぱりぼく、あなたからの食事はいただきません」  と言った。 「えっ?」  突然の拒否に困惑する澤田。  彼が食べてくれなくては、作戦は成立し……な……。  あ……れ……。  どう……したん……だ。  なん……だか……し……かい……が……ゆらい……で……。 「あと、ぼくは今日、一張羅なんで洗濯していただかなくても結構ですよ」  だからですね、と。  悠李は言う。 「ぼくの脱いだ服は着て帰りますので、洗濯カゴには間違えても入れません。ただし、洗濯機は覗かせていただきますがね」  悠李はゆっくりと顔を上げる。  薄れゆく意識、ぼやける視界。  彼の見せる無表情が、そんな異状のせいだろうか、それともきょうだいだからだろうか。  あるいは――怨念だろうか。  澤田には、まるで麻里佳が睨み据えているように映った。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加