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「あなたと出会ったころ」
突然、悠李は神妙な語り口で切り出した。
「ぼくはあなたのことが嫌いでした――そして、いまも嫌いです」
それはわかっていた。悠李が現在進行形で嫌っていることくらい。
しかし、もはやそんなことは関係ない。
眠らせて、殺すのだから。
「ですが、姉さんを任せられるのはあなたしかいないとも思っています。ぼくと姉さんは所詮きょうだい――結婚はできない。だからと言って姉さんの結婚を妨げる権利はぼくにはありません」
伏し目がちだった悠李は顔をあげる。
「ぼくの代わりに姉さんを幸せにしてください。後生です。お願いします」
悠李はダイニングテーブルすれすれまで深いお辞儀をした。
言われなくても任せて欲しい、きみの姉さんは大切にするよ――とは、彼女の本性を知り、殺める前までは自信を持って発することができた。
しかし、もはや叶わない願いだ。
「……わかった。きみの思いに答えられるように頑張るよ!」
口を衝いたのはおざなりな台詞だった。熱を入れた振りをして大仰な声調で伝えた。悠李は「ありがとうございます」と、掠れるような声で頭を下げたまま言った。
澤田は悠李が持ってきたビールを口に入れた。何となく、杯を交わした気分の一口だった。半分くらい飲んだところで、缶をテーブルに置く。
「ところで、お義兄さん」
悠李は頭を下げながら、
「やっぱりぼく、あなたからの食事はいただきません」
と言った。
「えっ?」
突然の拒否に困惑する澤田。
彼が食べてくれなくては、作戦は成立し……な……。
あ……れ……。
どう……したん……だ。
なん……だか……し……かい……が……ゆらい……で……。
「あと、ぼくは今日、一張羅なんで洗濯していただかなくても結構ですよ」
だからですね、と。
悠李は言う。
「ぼくの脱いだ服は着て帰りますので、洗濯カゴには間違えても入れません。ただし、洗濯機は覗かせていただきますがね」
悠李はゆっくりと顔を上げる。
薄れゆく意識、ぼやける視界。
彼の見せる無表情が、そんな異状のせいだろうか、それともきょうだいだからだろうか。
あるいは――怨念だろうか。
澤田には、まるで麻里佳が睨み据えているように映った。
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