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「スマホがきちんと処分されていれば、ぼくは姉殺しの真相まではわからずにお前を殺しているところだった。恋敵として、ただ殺していた。だけどお前のミスのおかげでより苦しめて殺すことができそうだ」  それから悠李はまるで 作業工程を確認するような機械的な口調で、 「いまからお前を殺す」  と、言う。 「裏切り者で殺人鬼のお前を向こうに送るのは姉さんに迷惑をかけるだろうか? いや、姉さんは天国に行っているはずだから、大丈夫か。お前と鉢合わせになることは――ない」  澤田は顔を上げ、泣き面で首を激しく横に振った。遠心力で猿ぐつわが緩み、口元が自由になった。 「許してくれ! 頼む、許して!」  許しを乞う澤田の脳裏に一抹の記憶が甦る。  喧嘩を始めて間もなく、麻里佳は謝罪の言葉を告げていた。  彼女は真摯に真心を込めて――謝っていた。  私も悪かった。だからもう一度、やり直そう――そう言っていた。  そのとき、あの浮気は復讐ではなく澤田を振り返らせるための遠回しなアピールだと知った。自分を追う探偵の存在は知っていてなお、撮らせていたのだ。  澤田に一杯食わせて、浮気はしないと固く誓わせる算段だった――大学時代の誠実さを思い出してほしかったのかもしれない。しかし、澤田は察知していながらも、麻里佳のそのやり口に腹を立てて口論になったのだ。  彼女の不器用な愛を受け容れる度量があれば、澤田はきっと彼女を殺したりはしなかっただろう。いや、そんな度量はあるはずがない。もとより麻里佳を裏切っていた彼は、折を見て彼女と別れていたはずなのだから。  結局、澤田は麻里佳を都合のいい女としか思っていなかった――都合のいい、美しさ女としかり  麻里佳への愛は時間とともに失っていったのだ。  悠李は恩赦を求める澤田を無視して、頭を鷲掴みにし、お湯の張った浴槽に突っ込む。お湯というには温度が下がりすぎているが、彼を苦しめるには温度などは関係ない。  苦しみのあまり澤田は身体を釣り上げられた鰹のように暴れさせるが、両手で頭部を水中に堅固に留めているので呼吸するいとまが一寸たりとも生じない。  徐々に、徐々に澤田のもがく動作が鎮まっていく。  やがて――  やがて、澤田の身悶えは完全に絶えた。  もしかすると頭から手を離すまで体力を温存しているのではないか、と一考した悠李は澤田が鎮静してからも十分ほど気を抜かず、彼の頭を浴槽に突っ込んだままにした。  十分後、澤田の頭を引き上げる。白目を向いて青ざめている。口や鼻があるのに呼吸していないこと、それを自分がしてしまったことに不快感を憶えるものの、それは刹那的な感触でしかなかった。  リュックの道具は使わなかったか、という余裕のある感想さえ浮かんでいるほどだ。 「まったく、皮肉だ」  悠李は前髪を掻き上げる。 「姉さんを殺してくれたおかげで、お前を殺すのに罪悪感がまるで湧かなかったよ――お前も、罪悪感をかき消す言い訳があるから、姉さんを殺せたんだよな」  愛する姉を殺した殺人鬼を殺害した。  漂う死臭と揺れる水面が凄惨を静かに告げている。  ぼくも澤田孝太郎も姉さんも。  みんな碌でもない。  ――と。  悠李は脱衣所で涙を流しながら笑った。
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