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「どうして!」
最後は右の拳だけでなく、左の拳までも勢いよく床に落とした。
どうして――
そう問うているのは過去の自分だ。
――どうして彼女を殺してしまったのか。
その答は現在の自分が得ている。
――憎かったから。
「……そうだ、麻里佳が悪いんだ」
彼が嘯くその言葉は虚空に反響するだけだった。ただ空虚に漂うばかりで、慰めも叱責もない。
似たような台詞は十五分前に口にしたと思う。
互いに口論となりヒートアップし、澤田は苛立ちを募らせ、彼が最も機嫌を損なう一言が飛び出したところで、とうとう両手が首に伸び――気がつけば、この有様だった。
「とりあえず……落ち着こう」
言って澤田は、ゆらり、といまだ茫然自失の膝を無理矢理起こす。仕事の疲労も起立に支障を来しているのかもしれない。
ひとまず死体をそのままにしてキッチンに向かう。冷蔵庫から三五缶のビールを出す。右手の人差し指をリングプルにかけた。
彼の心境に反して缶は、ぷしゅ、と景気のいい音を立てる。彼はそれをあおった。喉仏が鳴らす擬音が彼の心境に準じて汚濁の詰まった排水管を想起させた。
その一口で三五缶一本を飲み干す。
まだだ、まだ足りない。
まだ心がざわつく。
このざわめきをいますぐに鎮めたい。
アルコールが生み出す桃源郷に逃げ込みたい。
冷蔵庫に向き直り――冷蔵庫が開けっぱなしになっていたのだが構うことなく――、更に一本取り出した。
座れば心持ちを少しは和らげることができるだろうか――そんな案を浮かべた男はリビングの椅子に座った。
澤田と麻里佳が毎日向かい合って食事をとっていたテーブルにビールを置き、天板を優しく撫でる。
ふたりで使うには持て余す広々としたテーブル。いつか家族が増えたときに備えてファミリータイプを購入したのだ。子供ふたり分の増加を見込んでの選択だった。
「三人目ができたときはどうするの?」
二年前、家具屋で交わした会話をふと思い出した。輝きに満ちていた西園の質問に澤田は気前よく答えた。
「そのときは俺が増築するよ。DIYはやったことないけれど、勉強してさ」
「近所迷惑にはならない程度にやってよね」
そのあとに笑いが湧き上がったのを憶えている。彼女も微笑みを返してくれた。
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