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どこでボタンをかけ違えたのだろうか。
記念日などは気にしないと言っていたけれど、心のどこかでは祝って欲しかったのか。誕生日やクリスマスといった一般的な祝いごとには取り組んでいたのだが、それでは足りなかったということなのか。
日別交代制でつくった俺の料理が気にくわなかったのだろうか、あるいは掃除の完成度が十分ではなかったのだろうか。
彼女には優しくしているつもりだったが、つもりだったのが悪いのか。自己満足に溺れていただけで、彼女の心を満たすことはなかったのか――それとも、身体の相性か。
わからない。
まったく、わからない。
どうして俺は――俺たちは仲を違えたのだろう。
澤田は二本目の缶を煽った。
いや、わからないはずがないだろう。
言っていたじゃないか。
あれこれと原因を考えなくても、死の直前、彼女は明言していた。
それでも納得できず言い争いになって、彼女は致命的な一言を発した。
だから殺してしまったのだ。
二本目も一口で飲んだ澤田はその缶を握りつぶし、やつあたりにそれを放り投げる。缶は宙に直線を描き、棚に飾られたひとつのフレームに直撃する。そのせいで棚からフレームが落下した。
「…………」
澤田は少し考えたあと、椅子から棚のほうに向かった。導線上に麻里佳の死体があるが、床にだらしなくうねる延長コードをそうするように、澤田は彼女を跨いでいく。
そして屈んで、大切そうにそれを拾い上げた。表面は硝子ではなくプラスチックだったので、破損はなかった。
フレームに嵌め込まれた写真は、ふたりが出会って間もないころに撮影されたワンシーンだった。
彼らが出会ったのは大学生の時分だった。澤田が大学二年生のとき、所属していたボランティアサークルに新入生だった麻里佳が見学に来たのがきっかけだった。
それから麻里佳はそのサークルに入部した。見目麗しい彼女はサークルのみならず、他学部、他学科の男子からも熱烈なアプローチを受けていた。
澤田も例に洩れなかった。告白しては振られ、告白しては振られ――トライアンドエラーを幾度となく繰り返しでも恋は成就しなかった。
しかしある日、何度目かわからない告白をしたとき、彼女が「よろしくお願いします」と快諾したのだ。
そのときの喜びようといったらなかった。柄にもなくその場ではしゃいだものだ。公共の面前、しかも麻里佳の面前でなければ裸で踊り出したいほど胸が高鳴った。
どうして受け容れてくれたのかと訊ねると、
「ボランティア活動に副リーダーとして真摯に打ち込んでいたから」
だそうだ。
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