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 ピンポーン――と。  と、電子音が鳴った。  ピンポーン。  二度目。  これは、言うまでもなく玄関からの呼び出し音だ。  澤田は居留守を使おうとした。しかし、その案を刹那に棄却する。  電灯を点けた瞬間にチャイムが鳴ったということは、玄関の前に立つ訪問者は室内に人が存在していることを認識しているはずだ。  リビングだけを灯したのなら取り繕えないことはないのだが、勢い廊下の明かりまで点けてしまっていた――電灯のスイッチがリビングと廊下で縦に並んでいる弊害だ。  日常では便利な配置なのだが、いまだ混乱のさなかにある状態で、つい大雑把になってしまった。  それにこの時間――夜の九時過ぎに予定のない訪問者なんて誰が予想できる。  ビールで戻りかけた平常心が再び散漫する。たった二度のチャイムでリセットされてしまった。声をあげなかっただけ、奇跡と言えよう。  澤田は回らない頭を無理矢理働かせ、死体を担いだ。夢中になって麻里佳をリビングから離す。足音なんか気にする暇もなく、彼女を隠すことに一心となった。  それから約三十秒。  訪問者が人差し指の腹をチャイムのボタンに押し当て、三度目の呼び鈴を鳴らそうとしたとき。 「――お、おまたせしました」  錠を外し玄関のドアから澤田が飛び出てきた。実際、開けたドアの隙間からその身まで投げ出さんばかりの勢いだった。  ボタンの押し込みを遮られた、扉が当たるかどうかの瀬戸際の位置に立っていた訪問者は、ほっと胸を撫で下ろし、言った。 「よかった。いてくれたんですね、お義兄さん」
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