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 リビングは整然とされていた。家具やカーペットが一糸乱れずに、モデルハウスの如く清潔さだった。  むろん、死体なんてない。  悠李はリビングの片付き具合に、 「さすが姉さん、片付け好きだもんなあ」  と、満足げだった。  家中の片付けは麻里佳が担当している。彼女は掃除好きなのだ。澤田も片付けようものなら、それはそれは厳しくチェックされた。おかげで家は整然としている。 「あれ?」  憧憬の眼差しで周りを見渡しながら、リビングを進んでいく悠李は中心辺りで足を止める。  あそこは丁度、麻里佳が息絶えた場所だ。 「ど、どうしたんだい、悠李くん。ごみか何か落ちていたのかい?」  澤田は後ろから訊ねる。口調に焦燥が現れていた。悠李は「変ですねえ」と推理小説の探偵のような疑問の声をあげた。 「何が変なんだ。教えてくれ」  つい懇願するような文句を発してしまった。  これでは疑ってくれと言っているようなものだ。  しかし悠李は何の気なしに澤田のほうを向いた。 「お義兄さんからお酒の匂いがするのに、リビングにはその痕跡がないんですよ」 「そういうことか……」  澤田は安堵した。  死体の匂いが充満していて、ここで殺害が行われたと勘づかれたかと、そう覚悟していたが、てんで的外れの指摘だった。 「さっきまでビールを飲んでいたんだ。玄関の呼び鈴が鳴ったから、慌てて片付けたんだよ。麻里佳が帰ってきたと思ってね」  さっきは触れなかった点だが、当たり障りない弁明が浮かんだので使った――半分は本当だからよしとしよう。 「そうでしたか。すみません、姉さんじゃなくて僕で」 「とんでもない。むしろきみでよかったよ」  麻里佳が訪問者であればホラーである。  化けて出てくるのは勘弁してほしい。  悠李は笑顔になった。 「さっきも言いましたが、僕のほうこそお義兄さんに会えてよかったです」  リュックを肩から降ろし、ダイニングテーブルの椅子に腰をかけた。 「だって、明かりが点いたのになかなか応答がなかったんですから。だから僕、泥棒が侵入しているかとひやひやしましたもん。最後の一回のチャイムで出なかったら、警察を呼んでいましたよ」  警察を呼ばれていれば間違いなくばれていた。麻里佳が見つかることは必至だ。 「泥棒じゃなくて、家主でよかった」  なるほど、そういう意味での『会えてよかった』だったか。いままでで一度も発露しなかった親睦的な言葉だったからおかしいと思っていた。その謎が麻里佳の殺害と結びついていなかったことがわかり、澤田も肩の荷が降りる。  しかし、それはあくまでも荷物の一欠片に過ぎない。リュックならミニポケットに仕舞っていた飴玉を取り除いたようなものなのだ。  リュックそのものは降ろせてはいない。  悠李がリュックをそうしたように、死体が取り残されている重みも肩から降ろしたいところだった。
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