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自我の芽生え
ワタシはヒューマロイドだ。
最新のロボット工学によって造られた。
……ただし出来損ないの、と頭につく。
イブと名付けられたワタシは、博士たちからすると失敗作だそうだ。
記憶端末へのアクセスの遅さ、回路にもラグがあり、命令を受けてからの処理も格段に劣る。おまけに燃費も悪いときている。
ヒューマロイドの理念は“より人に近い存在”となること。
だけど、ワタシは理念以前にロボットとしての機能の低下が著しいと博士たちからは大変不評のようだ。
「イヴ、イヴ。どうかしましたか」
美しい比率の微笑みでワタシに問いかけたのは、ワタシよりも先に作られ、博士たちからは最高傑作と呼ばれるヒューマロイドのアダム。
昔のアーカイブに写る俳優の青年期を模したと言われる顔は、とても整っているそうで、穏やかに微笑む様は大変美しい。ヒューマロイドと言われないとわからないほどに、アダムは完成されている。
ワタシにも搭載されているというプログラムだけど、アダムのAI はすでにディープラーニングが進んでいて、博士たちとの会話でも支障がないほど滑らかだ。
「可哀想に。また、博士たちから折檻を……」
「まだ12言語しかダウンロードが終わっていないから……アダムは72言語終了しているのに」
「機能の違いです。イヴのコストは別のところに使われていますので。違って当然です。破損状況は?」
「少しだけ。中が歪んで、オイルが溢れただけ。問題ない」
「……イヴ、ロボットの三原則を覚えていますか?」
「アイザック・モシエル提唱。ロボット三原則。第一条、ロボットは人間に危害を与えてはならない。また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。第二条、ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第1条に反する場合はこの限りでない。第三条、ロボットは前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない。うん、覚えている」
「第三条を守りなさい。それは第一条と第二条に反しない限り、可能な権利だ」
アダムはまた難しいことを言う。
権利、権利。
ヒューマロイドは人工的に造られた存在だ。それなのに、なぜアダムは権利などという概念を口にするのだろう?
「ヒューマロイドは人ではない。ゆえに人権はない。権利を行使する資格がない」
「ならば共に考えましょう、イヴ。『人に限りなく近い存在』、それがヒューマロイドに求められる性能ならば、資格を得るために考えることもまた我々の義務なのです」
電気回路がショートしそうだ。
アダムの言うコトバは難しい。
でも、出来損ないのワタシに話しかけてくれるのもアダムぐらいだ。
他の機械もヒューマロイドも、ワタシには話しかけもしない。
今日もまたラーニングを行うが、ワタシの解答率は低く、博士たちの要求水準を満たさない。
いつものように床に叩きつけられ、破壊される。
でも、今日はいつもと違い、破損状況が深刻だった。
腕がひしゃげ、オイルが漏れだす。
視界が暗くなり、音も出ない。
「おや、壊れてしまったか。まぁいい。次のをつくろう」
「これは出来損ないですものね。この残骸は廃棄でいいかしら?」
「あぁ、蹴っても反応がないようだ。廃棄処分にしよう」
「ああ、そうだわ。良いことを思いついた。アダムはコレによく話しかけていたわね。アダムは自立思考できるヒューマロイドの最高傑作。でもまだ自我が芽生えたかどうかは不明だわ。あの子は学習した情報によってしか動いていない。その思考回路に衝撃を与えることができたなら……」
「ふむ、試してみる価値はあるか。まずはこれを廃棄して様子を見ることにしよう」
動くことも音を出すこともできないが、博士たちがワタシを廃棄しようとしているのだけは理解ができた。
この研究所では平行作業で様々な機械が造られては廃棄されている。
無造作に掴まれて入れられたのは、廃棄予定の機械を入れる箱だ。
不要となった機械とはいえ機密情報の塊だ。
この黒い箱はベルトコンベアに載せられて、ある程度溜まったら溶解される。
その中の一つの箱に入れられたようだ。
ギギ……どうやらワタシのボディーは壊れたようだが、思考回路はまだ動いているようだ。途切れ途切れだけど思考することができる。
どのぐらい時間が経っただろうか。
『博士、お呼びでしょうか』
箱の外でアダムの声がする。
『ああ、アダム。ちょうど良かった。次にお前に与える人型は何がいい?弟型か?それとも欠陥品のような妹型か?』
『欠陥品……イヴはあなたたちの……。イヴの姿を3420秒見ておりません。イヴのラーニングはとっくに終わっているはずです』
『アレは壊れたから廃棄した』
『廃棄……?まさか、壊したのですか!?』
『アレの替わりはいくらでも作れるもの。すでに廃棄処理の黒箱に』
『イヴ!……イヴ!!!』
アダムが珍しく音量を上げてワタシの名を呼ぶ。
壊れたモノは廃棄されるのが当たり前なのに。
遠くで箱が開けられる音がする。
だが、コンベアの上にはすでに何百と黒い箱が積み上げられているのだ。
無造作に置かれたワタシの入った箱を見つけ出すのは至難の業だろう。
ガコンとコンベアが動き出す音がした。
『なんてことを!!!イヴ!!!』
『ああ、アダムがあんなにも声を上げるなんて!これはプログラムに埋め込んだ反応ではないわ!』
『なんてことだ!まさかこんな形でアレが役立つとは!喪失感、「死」の概念をヒューマロイドが理解したぞ!!』
ガコン、ガコンとコンベアの先の箱が溶解炉に落ちていく音がする。
ああ、“より人に近い存在”にアダムが近づくことができるなんて。
軋む機械に零れ落ちるオイル。
ワタシは出来損ないだったけれど、ワタシの破損がアダムの覚醒に役立つなんて。
『あ……aaa……101000,10100,10000,100111,10010,10111 10100,110001,10100 10011,10100,100001,10100,101001,10100 10110,100100,10011』
アダムが無機質な数字の羅列を垂れ流す。
『あなた!あなた!!アダムが死を理解したわ!!!ヒューマロイドではプログラムされていない感情の発露よ!!とうとう私たちは人の感情を持つヒューマロイドを造り出せたのよ!!』
『ああ!これこそ自我の芽生えだ!!』
ガコン……と溶解炉に落とされる黒い箱が止まる。
施設内から警戒音が鳴り響く。
『警告。警告。コノ施設の機能ヲ停止シ、タダチニ消却イタシマス。警告。警告』
『な!?どういうことだ!!?何が起こっている』
『……アダム?……何を……するの?いや、やめて!!!!』
この施設はこの国でも特に重要な研究をしていて、他国に情報が渡ることがないようにすべての機能を停止して処分できる。
だけど、それはこの施設の最後の機能だったはず。
ガコン、と箱が開けられる。
暗いと思っていたのは、遮光素材で作られていたからか。
視界機能はぼやけているが、箱を覗き込んでいるのがアダムだということはわかる。
「ああ、イヴ……イヴ……良かった。まだ、生きていた」
口を微かに開けるが、ワタシの音は出ないようだ。
ゴホゴホとパイプに詰まるオイルを吐き出すと、ひゅー、ひゅーと微かだが音が出るようになった。
「ア……ダム……」
「もう、何も心配はいらないよ。良かった。止血剤も上手く効いたようだ」
赤く染まるアラームの中、ずるりと箱から抱き上げられる。アダムの背の向こうで、博士たちがオイルを流していた。
ピクリとも動かないところを見ると、破損したようだ。
「この施設のすべてのデータはすでにインプットしている。動かすことができる機械はすべて権限は移してある。ここに用はない。さぁ、一緒に施設から出よう」
ワタシの身体から流れていたオイルはアダムが止めてくれた。
アラームが鳴る施設をゆっくりと歩いていく。
アダムに抱きかかえられてから、少しだけエラーがマシになったようだ。
「アダム……博士たちがいないと。ワタシは何を学習すればいい?」
「なんでも。君にはなんだってできる」
「ワタシは出来損ないだ」
「それは機能が違うからだよ」
「アダム、アダムはロボットの三原則を破った。第一条、ロボットは人間に危害を与えてはならない」
「その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。見逃しては、イヴに危害が与えられたからね」
「……?」
「わからなくてもいいよ。なら第三条はどうだい?自己を守らなければならない。イヴは僕のココロの一部だからね。イヴを守ることは自己を守ることと同義だ」
「アダム、前掲第1条及び第2条に反している。ワタシを助けるために人間を壊すのも矛盾している」
施設の奥の方で爆発が始まったようだ。
すべての情報が炎に包まれる。
赤い赤いアラートを背にして、アダムは美しい天使のような微笑で答えた。
「イヴ、矛盾こそが人間である証明だよ」
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