1/1
前へ
/20ページ
次へ

 食後の一服、と言って豪介は取り出したタバコをトントンと箱に打ちつける。火をつけ煙を吐くと、じっと手元を見る渚に気づいた。 「タバコは嫌いなんか?家でそいつも吸うんか?」 「ううん、あの人は吸わない」  若い頃に肺を患ったせいで、酒は浴びるほど飲むがタバコは吸わないと言う。 「そうか。ほれ、こんなん出来るぞ」  顔を曇らせてしまったお詫びにと、煙を喉で押し出してドーナツのような輪をこしらえた。 「わあぁ、面白い」  中学生にしては幼い表情に目を細めると、後ろに座っていた男が首を突っ込んでくる。 「親戚の子だなんて言って、本当は引っかけてきたんだろ?」 「先生、そっちの趣味あるの?」  やっさんも驚く。 「あほげなこと言うな。おんなじもんついてる奴とヤってなんがおもろいんや」  周りはどっと笑うし、中には「男の味知ったら忘れられないらしいよ」と話に乗ってくる者もいる。馴染みの客は豪介の方言にも慣れているようだ。 「すまんな、下品な大人ばっかりで」 「おんなじもんついとるって?」 「俺がお前を引っかけたって言うから、バカみたいなこと言うなって。同じのぶら下げとる男同士とはエッチ出来ん言うたんじゃ」  頭をガシガシかきながら豪介は言う。 「ええっ!」  渚が飛ぶようにして席を立つ。 「やから、そんな気はないと言いよるやろが!」 「ご、ごめんなさい」  小さくなって座ると、客にやんやと囃し立てられる。 「可愛いねぇ坊や。ほんとに喰っちゃ駄目だよ、熊さん」 「あほか。ほらもう行くぞ、こんなとこに長居は無用や」 「うん。ごちそうさまでした」  豪介にだけでなく、カウンターの中の大将にも頭を下げた。 「偉いなー。そんなん言える子なら、もっとましなとこ連れて来たら良かったが」  大将の中華鍋を振る手が止まる。 「先生……。こんなとこで悪かったね……」 「また食いにくるわ」  代金を払い、店を出た豪介は渚の背に合わせるように腰を折る。 「ほんだらここでな。ちゃんとうち帰れよ」 「………………」  会った時と同様に、微動だにせず黙ってうつむいている。 「──ああ、学校終わる時間までは家には帰れんか。帰っても母ちゃん寝よるなら居場所もないわな」  もう一度ガシガシと頭をかいた。 「うちくるか?」 「えっ、でも……いいの?」  戸惑う様子で豪介を見上げる。 「俺は明日までの仕事があるけん相手してやれんけど、適当におったらええ。喰うたりせんぞ」  口の端で笑う。 「喰う?」 「いや、なんでもない。行くぞ」 「うん」 (ほんまに子供は勝手がわからん……)
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加