61人が本棚に入れています
本棚に追加
4
食後の一服、と言って豪介は取り出したタバコをトントンと箱に打ちつける。火をつけ煙を吐くと、じっと手元を見る渚に気づいた。
「タバコは嫌いなんか?家でそいつも吸うんか?」
「ううん、あの人は吸わない」
若い頃に肺を患ったせいで、酒は浴びるほど飲むがタバコは吸わないと言う。
「そうか。ほれ、こんなん出来るぞ」
顔を曇らせてしまったお詫びにと、煙を喉で押し出してドーナツのような輪をこしらえた。
「わあぁ、面白い」
中学生にしては幼い表情に目を細めると、後ろに座っていた男が首を突っ込んでくる。
「親戚の子だなんて言って、本当は引っかけてきたんだろ?」
「先生、そっちの趣味あるの?」
やっさんも驚く。
「あほげなこと言うな。おんなじもんついてる奴とヤってなんがおもろいんや」
周りはどっと笑うし、中には「男の味知ったら忘れられないらしいよ」と話に乗ってくる者もいる。馴染みの客は豪介の方言にも慣れているようだ。
「すまんな、下品な大人ばっかりで」
「おんなじもんついとるって?」
「俺がお前を引っかけたって言うから、バカみたいなこと言うなって。同じのぶら下げとる男同士とはエッチ出来ん言うたんじゃ」
頭をガシガシかきながら豪介は言う。
「ええっ!」
渚が飛ぶようにして席を立つ。
「やから、そんな気はないと言いよるやろが!」
「ご、ごめんなさい」
小さくなって座ると、客にやんやと囃し立てられる。
「可愛いねぇ坊や。ほんとに喰っちゃ駄目だよ、熊さん」
「あほか。ほらもう行くぞ、こんなとこに長居は無用や」
「うん。ごちそうさまでした」
豪介にだけでなく、カウンターの中の大将にも頭を下げた。
「偉いなー。そんなん言える子なら、もっとましなとこ連れて来たら良かったが」
大将の中華鍋を振る手が止まる。
「先生……。こんなとこで悪かったね……」
「また食いにくるわ」
代金を払い、店を出た豪介は渚の背に合わせるように腰を折る。
「ほんだらここでな。ちゃんとうち帰れよ」
「………………」
会った時と同様に、微動だにせず黙ってうつむいている。
「──ああ、学校終わる時間までは家には帰れんか。帰っても母ちゃん寝よるなら居場所もないわな」
もう一度ガシガシと頭をかいた。
「うちくるか?」
「えっ、でも……いいの?」
戸惑う様子で豪介を見上げる。
「俺は明日までの仕事があるけん相手してやれんけど、適当におったらええ。喰うたりせんぞ」
口の端で笑う。
「喰う?」
「いや、なんでもない。行くぞ」
「うん」
(ほんまに子供は勝手がわからん……)
最初のコメントを投稿しよう!