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私は、校内放送で吉田君を職員室に呼び出した。
吉田君が、上目遣いで頭を下げながら職員室に入って来た。
私は、あいている隣の席に吉田君を座らせる。
「先生、漫画の事ですか……。大騒ぎをしてすみませんでした」
「分かってるんならいいわ。もう授業中に漫画は読まない事。今度見つけたらその場で窓から捨てるからね」
吉田君は、いつもと違う私の物言いに目を丸くしている。
いつもの私なら小さい声で、生徒に気兼ねして『もうしないでね』みたいな言い方をするからだ。
今の私は、自分を押さえつけることなく自然に話していた。
「これから、気を付けます」
吉田君は私の雰囲気に気圧されて、しおらしく頭を下げた。
「よし。じゃあ、この漫画は返すね。先生も読ましてもらったけどすごく面白かったよ。続きが読みたいんだけど。持ってたら貸してくれない?」
この言葉には、前島先生も意外に思ったのか、吉田君と同じように目を丸くして聞いていた。
「はい。また持ってきます。あのもう、授業中は読みませんから」
吉田君は、頭を掻きながらはにかんだ。そして、帰って行った。
「なんか……山下先生、変わったんと違いますか?」
前島先生は、ニコニコしながら言った。
「そうですか……?」
「うん。良い意味でやけどな。凛々しくなったような。5年目にして教師魂が芽生えたかな」
「……5年目じゃなく、28年目です。私、今日28歳の誕生日なんです」
「そうですか。おめでとうございます。何かプレゼンをせんといかんなあ」
「じゃあ元気の出る漫画本をお願いします」
以前の私なら、お構いなくって答えてただろうな。
「わ、わかりました。あは、あははははは」
前島先生は、私が、急に変わったので反応に困っているようだった。
今日は美容院へ行って前髪を短くカットしてもらおう。
駅に向かう帰り道、ふとアスファルトの亀裂から雑草が芽生えているのを見つけた。
「『あしたのジョー』続きが楽しみだなあ」
終わり
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