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彼が答えを拒否できる材料は、まるでなかった。むしろ、リビングのどこに目をつけるにしても、彼は自分がつまらない人間である事実を、いちいち認めざるをえなかった。例えば、リビングに置かれた分厚い本が詰まっている、小さな彼の本棚。『レ・ミゼラブル』、『ハックルベリイ・フィンの冒険』『罪と罰』、上下巻セットのはずの本は半分で生き別れ、わずかにしっぽを覗かせる栞紐は数十ページのところで止まっている。インテリアの造花のように整理整頓され、背表紙に一切の色褪せはない。棚に押し込められた、高尚な文学達は主人の怠惰に呆れ返り、もう、何か教訓めいたことを語る素振りもない。
梶崎の唯一の趣味である読書でさえ、この有様である。それは見て見ぬふりを貫いていた無個性の侵食である。嚥下もせずに頬に詰めた知識は、己を守る剣や盾にはなりえない。借り物の小賢しさを砕いた採石場の端端を見渡しても、意志を作り出せる創造力は転がっていない。
「こんなに、俺はちっぽけだったか?」
操り糸を切られたマリオネットのように自由に蹂躙され、クタクタに疲れ切った梶崎は空の両手を省みて、剥き出しにされた軽薄な脳で投げやりに星の消滅を望み始める。最後の時を楽しく過ごすためのユーモアを捻り出そうとする気力も余裕も削がれ、彼はついに自分の頭も焼きがまわってたのだと、冷たく吐き捨てるように思っていた。
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