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5章 夏
やっぱり夏は嫌いだ。
家の中にいるだけで暑くて敵わない。
さっき食べたパピコの空は机に広がっていて、見ているだけでどこか寂しい気持ちになる。
そんな8月も、今日で終わり。
この後どうしようか。
そうやって将来を最近毎日考えている。
友達はついにいなくなったし、もちろん頼るあてもない。
ここからは、本当に自分一人でなんとか生きていくしかない。
私は今日で17歳になるのだ。
今朝SNSを見ていたら、女子高生がセブンティーンは無敵だとか歌っていた。
私も彼女らが思うセブンティーンとかけ離れているかもしれないが、無敵だと信じたい。
実際無敵だからあんな事だってできたわけだし。
あの時はまだ16歳か。でもたった1か月前だし、ほぼ17歳みたいなもんだったから無敵だったんだと思う。
あの後学校から再度連絡があり、後日私は一人校長室に呼ばれた。
行けば担任の加藤先生と校長、教頭がいた。
警察沙汰やら何やら言われると思っていたが、まず彼等は、私の不登校による学校在籍をこれ以上認めない、と言った。
というのも学校側には、月末郵送でプリント課題を提出することで、特別処置として私の籍を置かせてもらっていた。
あっちも私の親の件は把握してるし、病気とか言えばなんとでも大丈夫だった。
しかし、肝心ないじめの事はどうやら知らなかったみたいで、全部思いっきり言ってやった。
加藤先生は教頭から詰められていたが、知らなかったの一点張りだった。
翌日学校から電話がかかってきて、今回の件は穏便に済ます、と言われた。
私の在籍も、課題提出という形で引き続き認めると言われ、代わりに今回の件は口外しないよう釘を刺された。
結局のところ、いじめが問題になるのが嫌で学校は完全にこの件を揉み消したんだ。
また、この件はお母さんにも一応報告され、それ以降完全に距離を置かれた気がしてる。私にどこか遠慮してよそよそしくなったような気もする。
でもそういう意味で、私を変に子供扱いしなくなったのは良い事かもしれない。
この部屋は扇風機の風しかないから本当に暑い。
一人暮らしをしたら絶対にクーラーがついた部屋に住むと決めている。
そのためにも自立のためにも、バイトを始めなければ。
でもこのままの学歴だと中卒扱いになる。そうなるとやっぱり通信で高校に行くのを考えるしかないのか。
というか、高校にまた行くのも…
ピンポーン
インターフォンが鳴った。
誰だ。
宗教関連とセールスは、お断りの紙を貼っているはず。
居留守を装うためにも、そーっと覗き窓から確認する。
え…。
私はドアを開けた。
バッグを背負い制服姿の男。
目の前に親友がいた。
「久しぶり」
「どうしたの?」
彼は私の顔を見るなりニッと笑った。
「誕生日だから会いに来た」
「…よく覚えてたね」
「誕生日おめでとう」
パンッ!
クラッカーが鳴った。
「ごめん…近所迷惑だった?」
「やっといて先に謝るのはナシじゃない?」
彼はハハハと笑った。
「とりあえず中入る?」
「そうしてもらうと、ありがたい」
彼を招き入れたのはあの時以来だし、あれで友達を家に入れるのは最初で最後だと思っていた。
私と彼は机を挟んで向かい合った。
「本当に何で来たの?」
「椎木さ、自分は誕生日の時祝ってもらえないとか言ってたよね」
「だから来たの?」
「君の親の代わりにね」
「なんかありがとう」
「あとはあの後の報告」
「え」
彼はふと机に広がったパピコを見た。
片付けるの忘れてた。恥ずかしい。
「ごめん。さっき食べっぱなしで」
「前みたいになんでも片づけないからだよ」
彼は笑った。なんだろう少し性格が明るくなったような気がした。
「性格明るくなった?」
「そんなことない。学校では全然。でも親友の前だけは素の僕でいることにした」
ちょっと嬉しい。
まだ親友だと思ってくれていた事に嬉しくなった。
「というか僕のライン消したでしょ?」
「うん。迷惑かけないように」
「どうりで送れないわけだ。」
彼は少し怒った素振りをした。
「その…報告って?」
「あの後どうなったか知りたくない?あの教室のこととか、…僕の処分についてとか」
「どういうこと?」
「あの日の翌日、僕もやりましたって学校に言ったんだ」
信じられなかった。
彼まで被害を被ってしまうのに、なんでわざわざ言ったのか。
「でも私、あの後校長室呼ばれて全部一人でやりましたって言ったよ」
「…その時さ、椎木いじめの事とか言った?」
「…うん。もう全部言っちゃった」
「そっか。だからその後あいつらの態度が急変して、僕の処分も甘くなったんだ」
「…学校はいじめを揉み消したってことだよね?」
「そうなるね。まぁ処分が甘くなったって言ったって親呼ばれて謹慎処分だとか言われて大変だったんだから」
「…じゃあなんで君までやりましたって言ったの?」
「だって僕らの戦いだったじゃん」
彼はどこか満足していそうな口調だった。
彼はそう言えば、と言ってバッグから何やらノートを取り出した。
それはピンク色のcampusノートで、表題のところには「青色計画2」と書いてある。
「なにそれ」
「夏休みの後、椎木がまた学校にいけるようになるための計画。その名も青色計画ツー」
「私のやつのパクリじゃん」
私達は笑った。
…めちゃくちゃ嬉しかった。
「さっそく中身見る?」
「ううん、今はとりあえずあの後が知りたい」
「そう。じゃあこれは君がポテトチップスを運んできてくれたら見せよう」
「前来た時、君ポテチ全然食べなかったじゃん」
「そりゃいきなり女子の部屋来て、無神経にぼりぼり食ってたらキモイでしょ」
「ハハハ」
部屋に私達の笑い声が響いた。
「教えてあの後」
「もちろん。どこから話そうか」
「そんなに長いの?」
「そりゃ大きい事したからね」
私は思わず笑ってしまった。
彼も笑った。
「じゃあ、まずさ…」
ワクワクした顔で話し始める彼。
私も無意識に口角が上がってワクワクする。
正直言うと、私のこれからの将来とかこの先どんな事が起きるか不安で仕方ない。
でもとりあえず今は、彼の話を聞いてその後また考えればいい。
窓越しにセミの鳴き声がする。
「ちょっと椎木さーん、聞いてます?また感傷に浸って気取ってる?」
「気取ってるかも」
「演技でした〜でしょ」
「そうだ、忘れてた」
私達はまた笑い合った。
ああ今が楽しい。
久しぶりに楽しいって思えた。
目の間には親友がいる。
生まれてから今まで。
両親が楽しそうにしていた日。
お父さんが遊園地に連れて行ってくれた日。
お母さんがいつも優しかった日。
保育園に通った日。
初めて喧嘩した日。
お父さんがいなくなった日。
お母さんがかまってくれなくなってった日。
でも小学生の楽しかった日。
頑張るために中学で部活に入った日。
せっかく受かった高校で不登校になった日。
ずっと罪悪感と情けない気持ちで毎日泣いてた日。
それから死のうと決めた日。
でも親友と会って教室を真っ青に染めた日。
生きようと思えた日。
あれから今日まで、また将来を考えてた日。
そう、17歳までの人生は色々あった。
これからは、きっともっと色々なことがある。
色々なことといっても、人生は嫌なことの方が多いらしい。
今までの私は、それなら早く終わってしまえばいいと思ってた。
…けど
「ねぇ」
「はあ、やっぱり聞いてないでしょ。…何?」
「これからって楽しいと思う?」
彼は一瞬考え込んだ様子ですぐ言った。
「結局色々あって一応…楽しくなるんだと思う。椎木は?」
「楽しい!…と思うことにした」
彼はいいね、と言ってわざとらしく笑ってみせた。
その笑顔は慣れてないのか、なんだかぎこちない。
「てかほら、早く話してよ」
「あのさ、さっきから話してるんだよね」
「え〜嘘だ。私が演技で聞いてるフリしてたのわかった?」
「バレバレな演技だよ。椎木ずっと上の空だし」
「さすが親友〜」
「まぁね」
私達は笑い合った。
楽しい。
あーあ。なんだ。
案外悪くないじゃん、夏。
案外悪くないじゃん、私。
案外悪くないかも、これから。
そう思いたい。そう思えるかも。
いや…
そう思うことにした。
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