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プロローグ
人は、一生で平均65リットルの涙を流すらしい。ネットでそう書いてあっただけで真実はわからないけど。
私はそんなに泣くほうじゃないから、多分一生の涙はこれの半分くらいだと思う。
ネットフリーの映画は家に引き込もるようになってから大体見つくしたけど、大して心に残る作品はなかった。だから解約しようか迷ってる。あと月1200円は高すぎるし、新作映画の配信が遅すぎる。
まぁ今日解約したら今月分もったいないし、月の終わりの方に解約すればいいや。
…って毎回思っては結局また忘れて、ずっと解約できない状態になっている現状。
でも、もうこれも気にする必要はないのだ。月末、解約し忘れた時にいつも感じるあの嫌味ももう感じなくて済む。
時計を見たら17時を指していた。そろそろお母さんがパートから帰ってくる時間だ。
お母さんに迷惑をかけている実感は正直ある。けどそろそろこれも大丈夫になる。なるはず。でも本音を言えば、お母さんだって私に迷惑をかけている。
…帰ってきても、どうせすぐいなくなるし。
黄ばんだピンクのcampusノートをベッド横の戸棚からとった。機能してない、散らかった勉強机に向かって学習チェアに座る。
ノートを開いて1ページ目に移る文字に、改めて汚い字だと感じた。中学の時までは割と綺麗な文字だったし、よく先生にも褒められた。
でも今だって全く字を書いていないわけじゃない。
プリント課題をやる時はそれなりに書いている。まぁ全部短時間で済ませてるし、全部適当にやっちゃってるけど。
やっぱり物事って、なんでもそれに勤しむ時間が少ないと、自ずと汚くなってくるものなんだと思う。これは字だけじゃない、この部屋もそう。
汚い文字列から目を離しパッと部屋を俯瞰してみた。
汚い。隅に溜まるコーラやウーロン茶のペットボトル、カーペットに散らばってた本とか服。プリント課題や、100均で買ってきたスパンコールやロープ、観葉植物や散らばったトランプとか、統一感は一切ない。
…友達がきたら、女の子の部屋とは思えない!とか言われる気がする。言ってくる友達なんていないけど。
でもベットシーツと枕カバーだけは、日曜日に毎回変えているから綺麗。
そもそも、中学生の時は綺麗好きだっから定期的に部屋を掃除していた。家にこもるようになってから部屋は汚くなった。掃除する労力が湧かないからまた最悪。
文字に目を戻す。
…ってあー、またいつもみたいに動悸が少しする。最悪。悔しい。はあ、いつもの深呼吸。
「ふう〜」
うん、大丈夫。落ちついた。
私は、この1ページに書かれてることを実行し終えた時どんな気持ちなんだろう。
いい気持ちか、すがすがしい気持ちか、はたまた悲しい気持ちか。わからないけど、できればいい気持ちで終わりたい。最後の最後まで悲しい気持ちで終わるなんて最悪だ。
凄くわくわくした気持ちと、やっぱり怖い気持ちとか色々あるけど、戦うってこういうことなのかもしれない。
スッとノートを閉じて色々考える。脳内がぐるぐる洗濯機みたいに回る。
最近見た映画のこととかゲームのこと。
あーそういえば課題の郵送もしなくちゃいけない。でももう関係ないから、どうでもいい。
…お母さんのこともある。勉強のこと学校のこと…クラスのこと部活のことあいつらのこと、そしてこのノートのこと。
ハッとした時にまた心臓の鼓動が速くなる。
深呼吸。
吸って吐いて、吸って吐く。
大丈夫。落ち着いた。
こうしてみると深呼吸って意外と効果がある。
学習チェアから立ち上がって部屋を出た。
リビングのカーテンを開けて、ドア越しから外を見る。
夏前だけあって日が落ちるのが遅く、外はまだ全然明るい。
これだから夏は嫌い。1日が遅い。冬は日がすぐ落ちてすぐ夜になる。そしたら1日が速く終わる気がする。だから冬は好き。
向かいの道路脇から二人の女子中学生が和気あいあいと話しながら歩いている。
どうせ戻れないけど私が今過去に戻れたら、彼女らみたいに笑っていたかもしれない。
…くだらないけど。
カーテンを閉めてまた部屋に戻った。
「ガチャ」
玄関のドアを開ける音。お母さんが帰ってきた。そういえば今日早いんだった。急いで部屋のドアを閉めた。ベッド上の掛け時計を見る。外はまだこんなに明るいのに17時10分。
ああ夏。本当に嫌い。
こんな自分も大嫌いだ。
時間もやっぱり進むのが遅い。
そんなこんなで、情けない気持ちで今日もどうせ泣く。
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