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4章 青色
高井駅夜中のホーム、あまり人はいない。
今から走れば、学校まで10分くらいでいけるだろうか。
さっきからずっとフワフワしている。
ただぼーっと今日起きたこととか、さっき本気で死のうと思ったこととか、そんなことがずーっと頭に残っている。
そういえば、あの後ここまでどうきたのかあまり覚えていない。
フラフラ無意識的にここまできた。
でも今やるべき事は確かにわかった。
何もしなければ、何も変わらない。
僕は走った。
学校までの道をただ走る。
平凡な人生、何もない人生を終わらせるために。
僕一人じゃ無理だけど、どうやら親友もいるらしい。
この先の事を考えるのはもうやめた。
どっちにしろ最悪な結末なら、面白い方を選んだほうがいい。
めんどうなことを避けて生きてきても、どうやら面白くないかもしれない。
いい事も悪い事もある人生。とびきり悪い事が起きた人生は大変だけど、その方がいいって思える。
僕が今まで、青臭くて汚くて泥臭くていつも傍からバカにしていたものの正体ってなんだ。
どうしても、クラスになじんで彼らと笑うことはできなかった。
でも本当はそうしたかった。
これから僕も共犯になる。
それが青春とかわからないけど、今なら年齢を言い訳にできる。
横切る人の視線を感じる。
もう関係ない。
酸素が足りなくて口を大きく開ける。汗が目に入って染みて痛い。
心臓はバクバクして倒れそうだ。
あぁ汚い。臭い。ダサい。クソ。キモイ。ふざけんな。死ね。うざい。めんどう。だるい。嫌い。馬鹿。殺すぞ。壊す。いらない。くれ。カス。くたばれ。逃げろ。殴る。好き。愛してる。
僕はただ走った。
そうしてやっと学校についた。
校門前の扉は重々しく閉まっている。
この先に彼女がいることを僕はなんとなく確信していた。
横のフェンスを飛び越えて、校内に入って校庭裏のテニスコートに急ぐ。
もちろん誰もいないから、静まり返った学校はどこか落ち着く。
2階にある2年4組の教室を見た。
カーテンが閉まっていて中の様子が確認できないけど、彼女はそこにいる確信をした。
校内裏のテニスコート。半開きになったドアはさっき誰かが入った証である。
土足のまま侵入して階段を駆け上る。
奥にある4組の教室まで走った。
勢いのままガラガラッとドアを開けた。
やっぱり彼女は、いた。
今から始めようとしたのか、彼女の横のバケツに並々に入っている青色が見えた。
バケツ横には教室掃除用のモップがある。
カーテンから漏れる月光は、教室を薄明りに照らしていた。
彼女はさっきまでの制服姿だった。
僕を正面に見て驚いている。
僕はその顔が面白くて笑ってしまった。
「え、なんで」
「僕もしたくなった」
「いや、立石君も共犯になっちゃう」
「それでもいいよ。このクラス嫌いだし」
「…どうやって教室に入ったの?」
「椎木と同じ手段で入った」
「テニスコート?」
「正解」
彼女はまだ驚いていた。
「あの時さ、三屋とか須藤とか来た時、椎木はどう思った?」
「めちゃくちゃ怖かった」
「だよね」
「…でも結果あいつらに勝てばいいと思ったから逃げた」
「過程は関係ないからね」
「立石君は笑ってたけど本当にごめん。私のせいだ」
「全然。三屋ぶっ殺すいいチャンスになった」
「…仲良くないの?」
「実はめちゃくちゃ陰でいじめられてた」
「そうだったの。そんな事言わなかったじゃん」
「言えなかった。言ったらダサいし」
僕らはお互いを確認するように話した。
「これ絶対明日バレるよ?もしかしたら警察沙汰かもよ?」
「そっちの方が楽しいじゃん」
「ねぇほんとにいいの?」
「そっちが計画してたのに今更ビビってるじゃん」
「私はもういいの。立石君は…」
「僕も椎木と同じように戦うって決めたんだ」
椎木は僕をジッと見た。
僕も椎木をジッと見た。
数秒後、椎木の口元が緩んだ。
「じゃあ始めよっか」
やっと彼女は僕を受け入れてくれた。
「まずお手本見してよ」
「うん。わかった。見てて。」
「こうやってしてやるの!」
彼女はバケツの中にモップを突っ込み、その勢いのまま宙へ振り回した。
「ちょっと青ペンキ制服につくんだけど」
「この際ぐちゃぐちゃになっても良くない?」
「椎木が言うことかなぁ」
僕も掃除用具入れからモップを取り出し、勢いのままバケツに突っ込み宙を青で染める。
ベちゃっベちゃっと青色が机や椅子に飛び散る。
その様子で僕らは笑った。また壁や黒板を青で塗りつぶしていく。
「これペンキ足りるかな?」
「そこのトートバッグにまだペンキ入ってるよ」
「やるね」
僕らはどんどん教室を青色に塗っていく。
「おらおらおらぁ」
彼女はふざけた声を出して、モップについた青を振り回しながら教室を駆け回る。
「ちょっとうわあ。やりすぎだって」
「立石君もほら」
思い切って僕もふざけた声を出しながら、教室を駆け回って青色を宙に散らす。
「おらおらおらあ」
「ハハハ、最高」
教室はどんどん青色に染まっていく。
楽しい。
なんだか気持ちいい。
今、確実に自分の人生では起きなかった青春をしている。
彼女は僕が手を留めてる間にも、どんどんモップで教室を青色に塗っていっている。
そういえば、ふと気になったことを彼女に質問した。
「そういえばさ」
「何?」
「なんで青色なの?」
「逆になんでだと思う?」
「…綺麗な色だから?」
「半分正解、半分不正解!」
「どういうこと?」
「青色って色々な色じゃん」
「うん」
「空とか水とか、ほらドラえもんとか」
「ドラえもんも関係あるの?」
「関係あるよ。あと他にさ、涙だって青じゃん」
「うん」
「つまり私が泣いた分、思い知れってことだよ」
「なるほどね」
「綺麗だけど、残酷でしょ?」
「天井も青にしちゃおうよ」
「どうやって?」
「机に登っちゃえ」
彼女は靴を脱いで裸足になって、誰かもわからない机に乗って天井を青色に塗り始めた。
僕も面白くなって、カーテンを開けて窓を青色に塗る。
「窓も青で塗るとは、もう後戻りできないよ」
彼女は天井を塗りながら笑ってそう言った。
「窓際席って最高だと思わない?」
「思う。私学校通ってた時、窓際席なったことないよ」
「今日の席替えで三屋たちが窓際席になったんだ」
「うっわ。最悪じゃん」
「だからあいつらがいつでも空を見れて、もっと最高にしてやるために窓を青色で塗ろうと思って」
「ナイスアイデア!」
「梅雨終わりで窓際席になったラッキーな三屋への、僕からのプレゼント」
「何それ。フフフ。気合入ってるね〜」
ただこの教室を青色で染めることだけを目的にして僕らは動き続けた。
とても気持ちいい。
この瞬間がとても楽しい。
遠くの道を走る車に見せつけてやるように、僕は窓を青色に塗る。
「掲示板も明日の予定も全部塗っちゃえ」
彼女はタッと机から駆け降りて、掲示板を塗っている。
「さあ、どんどん行くぞー!」
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