前編

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前編

「これ、かけるんですか?」 私が買ってきた眼鏡を見ながら、彼は何も理由を聞かずにそれをつけた。 思ったよりも彼は君に似ていて、私はドキリとする。 「メガネ男子、好きなんっすか?」 「うん」 短髪の彼は、興味深そうに私を見た。 「こういうとこ、初めて?」 「そうだね」 男が女を買うのとはわけが違う。 顔には出てないつもりだったが緊張が伝わったのだろうか。 「初めての人って、目を合わせんからすぐに分かるんだよね」 「そうなの?」 確かに私は彼の目を見ていない。でもそれは、緊張とかじゃなく…… 「俺の顔が好きだから見れない?」 好みの顔だと直視できない。と告げるとなんだか所在ない様子になった。 イケメンなんだから、そんな事言われ慣れてるでしょうに。 「言われ慣れて無いっすよ。俺、あんま顔で選ばれることないし」 というと彼は力こぶを見せた。 なかなかに筋肉質である。 「ガタイと体力と、あと俺と話すと何にも考えなくていいから気楽だって言われる」 彼なりの売りポイントらしい。 「お姉さんも見た目エロいから、そういうつもりで俺を選んだんかと思ったわ」 見た目エロいって……ハッキリ言うなあ、と思う。 顔は似ていても、中身は違うんだと思うとちょっとホッとした。 「お姉さんの好きな子に、似てるんだね俺」 しみじみ言われ、頷いた。 「なんて呼ばれたいの?その子に」 「重美さん、かなあ」 君は私を名字で呼ぶ。 それ以上踏み込んでこない関係だから当然だ。 だから、彼には名前で呼んで欲しいと思った。 「じゃ、重美さん。その子の事はなんて呼びたい?」 うーん。思いつかないや。 「じゃ、俺は友樹って言うから、ともって呼んでよ」 「妹がともみって言うから、ちょっとそれは……」 「んじゃ、ともくんは?」 「じゃ、ともくんで」 偶然だが彼と君の名前の上半分は同じ読みで、ちょっとドキドキする。 友樹君、あらため「ともくん」は私を手招きして自分の横に座らせた。 斜め下から見上げる彼の顔は、より一層君に似ている。 「手とか繋ぐ?」 彼はごつい手を私の小さな手に重ねた。 私が頷くと、ゆっくりと指を絡ませる。少し汗ばんだ手のひらは温かかった。 「あったかい」 「俺、手汗すごいんよね。気持ち悪くない?」 「ん、大丈夫」 コロナ禍の前は、趣味のサッカーイベントで 選手との握手会とかに参加したこともある。 夫以外の男子の手に触れることも無いわけじゃないけど、やっぱり君に似ている「ともくん」はちょっと特別な気がした。 「こんな感じでいいの?」 「うん、何か見てるだけでいい」 君の代わりにともくんを指名したことに自己嫌悪しそうになったけれど、君にはこんな事させられないからなあ。お金払ってこういう時間にお付き合いしてくれる男子がいるってありがたいなと思う。 そんな感じでともくんと話していた私は、約束の2時間の内1時間が過ぎていることに気付いた。 他愛ない話をしていたらあっという間だ。 「手、痛くね?大丈夫?」 「うん、ありがとう」 痺れるくらい長く手をつないでいたんだなと思ったら、なんだか不思議な気分だった。 「お姉さんの好きな子って、いくつくらいなの?」 「30くらい」 「俺と変わらんけど、ちょっと下やね。人それぞれやけどさ、それくらいの男って割とさ見境なくね?」 ちょっと隙を見せたら、一発位なんとかなるよ。と、謎に入れ知恵をされる。 「いや、そう言うのはさ、求めてないから」 そりゃ君がそうしたいというのなら、受け入れるが。 ワンチャンあったとしても、気まずくなるのは嫌だ。 「暴走したくないからこうやって、ともくんにお金出してるんだからさ」 余計な事を言わないでよ、というと彼は皮肉そうに笑った。 「そう言うのってさ、一番やらしくない?」 そう言いながら、私を押し倒す。 「まあ、わからなくもないけどさ」 少しだけ伸びた不精髭が首筋に当たると、くすぐったさに身をよじった。 「やらないうちが一番楽しいんだよね」 わかるっちゃーわかるわ。と、ともくんは言いながら私の耳元にキスをした。 「重美さんが嫌じゃなきゃ、こんな感じで残り時間過ごさない?」 いい感じで囁かれて、ちょっと腰が砕けそうになったが、せっかくなのでその提案に乗ることにした。 君と似た顔で、まったく違う中身の彼は大変刺激的だ。 ソファーの上で密着しながら、耳元でともくんの声を聞いていると、気が遠くなりそうだった。 <後編に続く>
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