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1.11 エックハルトの目から見ると
アリーシャとリヒャルトが、そんな時代がかった忠誠の誓いをしている間、リヒャルトのいるテントの⼊り⼝近くに⽴って、エックハルトは二人の様子を観察していた。側近の義務として、こういう会話には基本的に⽿を傾けるようにしている。
(やれやれ)
エックハルトの視線に気が付くとアリーシャは、少し怯むが、思い直したようにきっと睨み返す。エックハルトは軽いウィンクと目配せでその視線を返していた。
(少し、からかいすぎたか)
と、エックハルトは思う。
路地裏でアリーシャに絡んだごろつきに凄んでみせて追い払ったエックハルトだったが、彼にしてみればそれはほんの余興といったところだった。
まず、裏社会の顔役と通じているかのような言動だが、特に深い関わりがあるわけではない。その意味では実際、単なるはったりだった。だがそれは、はったりが露見してエックハルトが窮地に陥る可能性を意味しない。裏社会の顔役程度の人物に君主の側近をどうにかするような力はない。そもそもごろつきを追い払う程度のことで、裏の顔めいたほのめかしをする現実的な必要性はなかった。
それは言ってみれば、ごっこ遊びだった。エックハルトは退屈していた。宮廷では優雅で瀟洒な物腰を崩さないエックハルトだが、その内面にはどうしようもなく荒んだ部分がある。それは彼なりに切実な問題で、時々解放しなければ社会に向けている公的なポーズに支障が出る。
路地裏に用があったのも、エックハルトの荒廃した内面に関わっていた。そこから生じる問題を解放する手っ取り早い手段の調達に訪れた、それだけの話だった。それはある意味背徳的とは言えたが、この時代では犯罪とは看做されないし、他の誰にも関わる話ではない。権力者の側近として致命的な弱味を握られるようなヘマをやらかさないことはエックハルトの信条だった。
そんな風にエックハルトは不埒な男だったが、自身の私生活と仕事は分けて考えていた。リヒャルトの廷臣で懐刀、そうなるために捧げられた存在であって、それ以外は虚無、というのが、エックハルト・フォン・ウルリッヒが生きている人生だった。
(それよりも、問題は、だ)
と、エックハルトは考える。
アリーシャとリヒャルトが最初に言葉を交わしたあの謁見、その後のリヒャルトの様子を、エックハルトは思い返していた。
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