2章 侯爵令嬢

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2.3 舞踏会にて  キラキラ輝くシャンデリアの明かりと、その下の舞踏会の光景を、私は見守っていた。  舞踏会の主役はリヒャルト様、今回の訪問では常に主賓だ。そうして、もう一人の主役が、リヒャルト様を引っ張り回している。  ヴィルヘルミーナ・フォン・リンツブルック侯爵令嬢。長い銀髪を頭の高い位置で留めてから横に流して、その先はくるくると巻いている。淡い紫を基調としたコルセットドレスには銀と宝石の飾りが付けられていて、眩いばかりに豪奢だ。そして、その窮屈な衣装で、ヴィルヘルミーナ様は上手に踊っている。  対するリヒャルト様は、白を基調とした正装だ。きらびやかだけど、ヴィルヘルミーナ様と比べるとシンプルで、どちらかというと洗練された印象だ。ヴィルヘルミーナ様に振り回され気味に見えつつも、何度もダンスに応じていて、洗練されたリードを見せている。 (ううん、キラキラしてて……いいなあ)  それを見ながら、私はニコニコしていたと思う。デレデレしていたかもしれない。  私だって小さな頃は、おとぎ話の世界の輪の中に入ることができたら、王子様の手をあんな風に取って、華麗にダンスを披露するお姫様になりたいって、そんな気持ちはあったんじゃないかと思う。  今は、自分には手を触れられないほど繊細なそれを、近くもなく遠くもない今の距離で、見守っていたい気持ちの方が強い。  私が立っているのは舞踏場とバルコニーの境界、祝宴の明かりと外からの月明かりが混ざる場所だ。  もっと近い場所、舞踏場の外れの方で見守ろうとするのは危険だった。なぜって、そこは貴婦人のエリアなのだ。壁の花、という言葉がある。舞踏会で踊りに誘ってくれる紳士をそぞろに待っている貴婦人たちを評した言葉だ。  私はというと、使節団の一員である以上は、それなりの衣装は用意されていた。それはあくまで、目障りではなく、さりとて王侯に連なる女性たちと張り合わない、そういう趣旨で選ばれた衣装だ。明らかに見劣りする、それでいいなら中にいてもいい。  とにかく、普段自分をこんなにコルセットで締め上げることなんてなくて、私はふらつきそうだった。主君の様子を見守りつつ適度に休憩できる今の場所が一番だった。外気に当たるこの場所では肩から腕が寒いので、手編みレースのショールを纏ってはいるが。  と言っても何も起きるわけはなく、私は時折、会場から目を離してバルコニーに置かれたベンチで一休みしていた。階下の舞踏場の控え室では、休憩中の女性たちがきつい上にもきつい、私が今つけてるのより二倍ぐらいきついコルセットに身を合わせるために奮闘しているはずだが、そんな惨劇に立ち会いたいとは思わない。 「ここにいたのか」  私に声をかける人がいる。 (いやいやいやいや、主賓がこんなとこ来ちゃまずいでしょ)  心の中のツッコミとは裏腹に、私は静かな声を出そうと務めた。 「ヴィルヘルミーナ様のお相手はいいのですか」  階下で供されているらしい、カナッペみたいなものをかじりながら、リヒャルト様は近づいてくる。正直、あまりお行儀がよろしくない。 「彼女の相手は疲れる。少しぐらい休憩しても罰は当たらんだろう」 (そこまで言う?)  予想外に辛辣な言葉に、私はちょっと驚く。あんな小さな少女、それもあんなに楽しそうに踊っていたのに。 「お前こそどうなんだ。踊らないのか」 「いやいやいやいや! 私はただのメイドですから! 滅相もない!」 「私の命で、訪問使節の一員として参加しているのだ。侮りを受ける謂れはないだろう」  それは単なる理想論じゃないの、明らかに差がつけられてるこっちの身にもなってよ、とは言えるはずもない。私は白状せざるを得なかった。 「実は、踊り方を知らないのです。教わったことがなくて」  そう、私は、踊り方を知らない。前世でも、今の人生でも、ダンスを教わったことがなかった。  玉の輿を目指すなら、親はダンスを学ばせてくれてもよかったはずだ。だけど、アリーシャの親は、結婚はしたくなった時にすれば良い、貰い手がつかなかったら家にいていい、という態度で、あまりその手の教育には関心がなかった。瀟洒な都会の生活を知らない田舎者ということかもしれない。  だが、この言葉が、リヒャルト様みたいな王侯貴族にどう聞こえるのか私にはわからない。元の世界の現代日本だったら、お化粧をしたことがない、アクセサリーを持っていない、みたいな告白に聞こえるかもしれない。それか、英語が全く分からない、みたいな基礎的な教養の問題か。 「今度教える」 「え?」 「そろそろ戻る」  間髪入れずリヒャルト様は続けると、それから無言で明かりの灯っている方に立ち去った。
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