2章 侯爵令嬢

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2.4 ヴィルヘルミーナの詰問 「ねえあなた、昨夜の舞踏会。リヒャルト様と何を話していたんですの?」 (ひいいいいいいいい)  少女の剣幕と妙な迫力に、私は震え上がった。 「い、いえ、普通の世間話、ですが?」 「違いますわ! どうして臣下のあなたが、リヒャルト様と世間話などできるんですの、答えなさいよ!」  可憐な少女は頬を紅潮させて憤慨している。  舞踏会の翌日だった。私はエックハルト様から呼び出され、リンスブルック侯宮内の一室に通された。そしてそこには、怒り心頭のヴィルヘルミーナ様がいたのだ。  少しだけ気にならないでもなかった、リヒャルト様のあの、舞踏会の抜け方。あれはやっぱり誰かに見咎められていたようだ。  その時、私は冷や汗をダラダラ掻いていたような気がする。 (泥棒猫ムーブは避けたい! 助けて!)  私はエックハルト様に目配せする。でも後で考えてみると、この状況、エックハルト様が私を売ったように見えないこともないけど。  エックハルト様は小さくため息をついた。 「アリーシャ殿は、女性ながら類稀な博物学と自然哲学の見識をお持ちです。リヒャルト様はそれを尊ばれている次第です。今回の随行も、その見識を買われてのことですよ」  エックハルト様は嫌いだけど、この紹介文は悪くない。博物学と自然哲学、その古風な響きに私は満足感を覚える、が、今はそんなこと言ってる場合じゃない。 「そういうコト、です!」 「ふうん……?」 「ええ殿下は、とても勉強熱心な方なのです!」  たじたじしながら言う私に、ヴィルヘルミーナ様は却って不審感を強めたようだ。 「アリーシャ殿の謁見には、常に私が同席しております。純粋に学問上の情報交換で、他のどんな意味合いもございませんよ」  そう言って助け舟を出してくれるエックハルト様。今回ばかりはエックハルト様の鉄面皮に助けられたのかもしれない。 「エックハルト様がそう仰るなら……そうなのかしら。でもわたくしは、まだ信用したわけじゃありませんからね!」 「ああ、だから忠告申し上げたのに」  眉間に手を当てて白々しく、エックハルト様は私にだけ聞こえるようにそう言った。 「あなたが今まで、私のためを思って忠告されたことがありました?!」  キレ気味に応じる私。私の中で少し上がりかけたエックハルト様の株がまた下がった。 「これも身から出た錆。どうすべきか、ご自分でお考え下さい」 「あなたは多そうね、身から出た錆」  こんな皮肉の応酬が今や、エックハルト様の会話では定番となってしまっていた。
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