2章 侯爵令嬢

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2.13 エックハルトの後始末 「ではこれで。よろしくお願いいたします」  エックハルトはリンスブルック侯爵側の召使に、文書を差し出した。  話し合いの結果、ヴィルヘルミーナの意志に基づき、リヒャルトも合意の上で、二人の婚約関係は解消と相成った。そういう問題でも、いちいち締結文書を交わし合わないとならない。  ことを穏便に済ませたいのは、ランデフェルト、リンスブルック、どちらの側も同じだった。侯国滞在中に起きた『災厄』襲撃事件において、ランデフェルトはリンスブルックに貸しができた。婚約関係の有無に関わらず、同様の軍事協力関係を維持することは明文化されることになった。  また、ヴィルヘルミーナに関しては、アリーシャの見立てをそのまま伝えた。結果、リンスブルック侯爵家は穏便に婚約解消の手筈を整えてくれたし、良好な関係も確約してくれた。  正直、悩ましい決断ではあった。  当然、娘の抱える問題については、親の側は把握しているべきだろう。ただ、その問題を解決する場としてリンスブルック侯爵家が良好であるか、流石のエックハルトでも判断は付きかねた。  また、婚約解消に絡む利害関係の微妙な点でもあった。こちら側の落ち度となれば、婚姻相成って得られるはずだった利益は、そのまま逆の不利益に転換する。  今回はヴィルヘルミーナから言い出した婚約解消であるので、どちらかというと相手の側に有責だが、その原因がリヒャルトにあったとなっては別の話だ。リヒャルトの冷たさはその原因となり得た。  とにかく、ヴィルヘルミーナには今後、格別の計らいをしてもらうよう、侯爵家には言い含めておいた。だって、他にできることなど、何もなかったのだから。  難儀なものだ、と、エックハルトは思う。もしこれがヴィルヘルミーナか、彼女のような子供でなかったら、エックハルトは何の躊躇いもなく全ての状況を利用する。子供を不当に利用しないことは、エックハルトの唯一の美点だった。 「どうか、お幸せに。ヴィルヘルミーナ様」  エックハルトは呟く。柄にもない、と自分でも思っていた。  そして、もう一つ土産があったのだ。  工房に一本だけ残った新型銃。災厄が集中的に狙っていたことから、このままリンスブルック侯国に残しておくことは危険と思われた。一度解体してランデフェルトで預かり、七人委員会の判断を仰ぐ。そういう手筈を整えて、エックハルトは主君と共に帰国の途につくのだった。
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