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気づくとポールは中庭の奥にあるガゼボまで来ていた。木々に隠れひっそりと建っているこの場所は、覗き込まれないかぎり見つからない。一人になりたい時や、落ち込んだ時によく来るお気に入りの場所だった。しかし美しく整えられた景色も、花の甘い匂いもポールの気持ちをなぐさめはしなかった。ベンチの脇に鉢を置くと、膝を抱えて座り込んだ。今日も教師が来て、授業があるが自室に戻る気にはなれなかった。
先程の兄との会話を思い出す。兄たちとは違い、自分には誇れるものがない。勉強も武術も兄たちの何倍も時間がかかる。教育係もよくため息をついていた。『兄君たちはすぐに身につけられたのに、ポール様だけどうしてこんな……』と。そんなことを繰り返すうちに、だんだんと努力することが怖くなった。やっても出来ないよりは、やらないで出来ない方がずっと良い。そうこうしているうちに、兄たちとの差はますます開いていく。
その結果、今も花一つさえ満足に育てられない。そんな自分がひどく惨めで、抱えた膝に顔をうずめた。
「じいちゃん、枝を切るのはこの木?」
響く声にはっと顔を上げる。枝葉の間から、誰かが駆けて行くのが見えた。ポールと同じくらいの子供が、大きなはさみを抱えて木を見上げていた。腰には他にも沢山の道具をぶら下げている
「こりゃ、勝手に道具を持って行くな! それにわしのことは師匠と呼べというたじゃろ。お前に剪定はまだ早い。あの辺の雑草を抜いて落ち葉を拾っておれ」
「えぇ~。もうあきたよ」
「つべこべ言うなら、もう連れてこんぞ」
持っていたはさみを老人に取り上げられ、子供は不満そうだ。しかし、老人の最後の言葉に不承不承頷く。そのままポールのいる方へやってくる。見つからないうちに逃げようと思ったが、中庭を出るには子供のいる方へ行くしかない。
どうしようか迷っているうちに、近づいて来た子供と目が合った。
「あ、えっと」
「うわ! なんだお前、フシンシャか!?」
戸惑っているうちに叫ばれてしまった。動けないでいると声を聞きつけた老人まで来てしまう。
「こら何ごとじゃ!」
「じいちゃん、フシンシャだ!」
子供が指さす方を見た老人は、大きく目を見開いた。そして年齢に見合わない素早い動きで子供の頭をわしづかむと思いっきり頭を下げる。
「何が不審者じゃ! 領主様のご子息じゃ! これが大変失礼な物言いをして、申し訳ございません!」
無理やり頭を下げられた子供が何か言いかけても、すぐに叱り飛ばす。
「い、いえ別に僕は……」
気にしていないといいかけて止まる。今目の前にいる彼は植物の専門家だ。気づけば違う言葉が滑り落ちていた。
「あ、あの! 僕に植物の育て方を教えてくれませんか」
彼らは動きを止め、ポールの方を見て目を丸くしている。
「僕、今この植物を育てているんです。でも、芽が出なくて。力を貸してくれませんか」
老人は戸惑ったように視線をさまよわせていたが、子供の目が輝いていた。
「お前も弟子になるのか! じゃあ俺の子分だな!」
「お前はまた!」
庭師は子供の物言いを叱り飛ばすが、ポールが再度頼み込むと困った様子で了承した。
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