作文2

2/4
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
 次の日の朝。少し頭が痛くて、下の階に降りると相変わらず忙しそうなママに「顔色悪いよ」と心配された。 「昨日の夜から、生理始まっちゃって」  そう言いながら、できあがっているお兄ちゃんのごはんをテーブルに運ぼうとすると「大丈夫だから」とママに止められた。 「無理しないで。パパとも、昨日また話したの。やっぱり、ママもパパも花ちゃんに頼り過ぎだったよねって。しばらくパパ、早めに帰って来てくれることになったから。花ちゃん、無理しなくて良いんだよ。ありがとう」  ママが優しく言う。笑って言う。その笑顔を見て、なんだか泣きたい気分になる。お腹が痛い。 「そうだ。花ちゃん、今日は学校休んでさ。ママもお仕事お休みもらうから、お兄ちゃん学校に行ったあと、久しぶりに二人で出かけない? 花ちゃんの好きなもの、買ってあげるし――」 「無理だよ」  優しく断ろうとしたのに、尖った声が出てしまった。驚いた顔のママに笑いかける顔も、なんだか引きつっているような気がする。 「そんなことできるわけないじゃん。中学って、勉強大変なんだよ。一日休むと、次の日にはもうなにやってるか分かんなくなっちゃうんだよ。ママ知んないの? 知んないか。わたしのテストの点だって分かってないもんね」 「花ちゃん……ごめんね、ママ」  おろおろしながら、ママが謝る。なんだかそれが嬉しくて、わたしはもっと声のトーンを低くした。 「わたし、このまえテストで二番だったんだよ? わたしが勉強頑張ってることも、ママ知んないでしょ。知んないから、学校サボってお出かけしようなんて簡単に言うんだもんね」 「ママ、そんなつもりじゃ……花ちゃん二番だったんだね、ほんとすごい――」 「だってそれくらい勉強しないと、良い高校行けないでしょ? あたし、来年受験生だから。良い高校行かなきゃ、良い大学だって行けないもん。わたし東京の大学に行くの。そしたら、一人暮らしできるでしょ?――こんな家、出ていけるでしょ」  あぁ――言ってやった。  言ってやった。初めて言ってやった。  大変なママを手伝いたい――それはほんと。  でも、さっさとこの家を出ていきたい――これもほんと。  だって良いでしょ? いくらわたしがお兄ちゃんのために生まれてきたからって、大人になってまで振り回されたくないもん。  知ってるよ? わたし。お兄ちゃんがそばにいたら、それだけで将来、好きな人と結婚だってできないかもしれない。そういうこともあるって、知ってる。知ってるんだよ。  こんなこと言ったら、ママ泣いちゃうかな。そんな気持ちでママを見たけど。 「そっか……」  それだけ言って、ママはちょっと微笑んだ。 「そこまで花ちゃんが考えていることに気づけなくて、ごめんね。ママ、役に立たないね、ほんと」  なんでだろう――その顔を見た途端、今度はきゅっと胸が痛んだ。  これまでで、一番に。 「でも、それならなおのこと、お手伝いは大丈夫だよ。お勉強頑張ってね」 「……言われなくたって、頑張るし」  言いながら、わたしはバタバタとわざと足音を立てて、家を出た。ママにもう一度「ごめんね」と言われたら、泣いてしまいそうだったから。  なにやってるんだろう、わたし。  ほんと、なにやってるんだろう。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!