前の席の男子

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 教室に戻ると、三分の一くらいの席が埋まっていた。タケルも別のクラスメイトと話し始めている。  わたしはその横を通って、自分の席に座った。  ——ちょっと落ち着こう。  確かにわたしのお兄ちゃんには、重い障害がある。昨日の夜なんてもう、ほんと最低だった。  でもだからって、学校でまで泣くのはもう嫌だ。さっきので最後にする。タケルも、「勘違い」ってことにしてくれたし。これ以上引きずるのはやめよう。  始業ギリギリにきたリナが「おはよー」と斜め後ろに座るのに、「おはよ」と返す。大丈夫、声もいつも通り。  授業が始まると、ますます気が紛れた。お兄ちゃんが炊飯器とおかずひっくり返したことなんて、どうでも良い。そんなこと気にして考えていたら、新しく出てきた公式なんて覚えられない。頭の別の部分を使うことで、どんどん家族について考える優先順位なんて下がっていく。  ただ、前を向くとどうしても視界に入るタケルの後頭部だけ、意識すると胸がチクリと刺されるような気持ちになった。  あれ? となったのは給食の時間だった。いつもわたしの机から牛乳を持っていくタケルが、今日は取ろうとしない。  ドキンとする。もしかして、今朝の話のせいかな。  タケルはやっぱり、昨日見たのをわたしのお兄ちゃんだって疑ってるのかもしんない。それで、わたしがウソついたって怒ってるのかも。  でも、別にわたしはウソなんて言ってない。お兄ちゃんは別に病気じゃないし、今朝も元気に奇声をあげてた。ただ……タケルが見たのがほんとにうちのお兄ちゃんか分からないって、そう言っただけ。  それとも、タケルはもうあれがうちのお兄ちゃんだって確信していて、だからあんなお兄ちゃんのいるわたしとは、もう話してくれないんだろうか。  もしかしたら、クラスの仲良い子にも、もう話してるかもしんない。「あいつの兄ちゃんマジやばいんだって」みたいな。「だって、病院ででっかい声出してんだぜ?」って。  考え出したら、心臓がばくばくしてきた。ちぎって食べてるコッペパンが、乾いた口の中でもぞもぞしている。ジャム塗ってるのに味がしない。  結局その日、帰りまでタケルが、こっちを振り返ることはなかった。
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