第五章 迎えの日

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第五章 迎えの日

 あれから三年が経ち、僕は変わらずこの森で暮らしている。  ヴィラがいなくなってからしばらくは、ふとした瞬間に彼のことを思い出し、泣き腫らす日々を送っていた。ほんの数ヶ月暮らしただけの相手に、ここまで執着していたなんて。自分でも驚きである。  周りから見ても相当やばい状態だったらしく、心配したカリアは、僕が精神的に立ち直るまで毎週様子を見に来てくれた。四ヶ月ほど経ったあたりでようやく少し持ち直し、今では良い思い出として消化されている……と思う。  例え一緒にいることができなくても、ヴィラと過ごした記憶は確かに僕の中にあって、それは夢でも幻でもない。  もうそれだけで充分だと、ようやく思えるようになったのだ。強いていえば、ヴィラが幸せに暮らせていることを望むばかりである。 ▽  この三年の間に色んなことがあったけど、中でも一番のニュースは、ソレイユ王国がルミナーレ王国の属国になったことだろう。  ソレイユ王国は小さな国だ、大国にひとたび狙われては、とても太刀打ちなど出来はしない。それでも周辺にある諸外国と均等に国交を保つことで、諸外国間で牽制しあい、他国が手を出しにくい状況を作っているのだとお爺さんから教えてもらった。  しかし一年前、その均衡(きんこう)を崩してまで、ガルザバという国が攻め入ってきた。ガルザバは乾燥地帯にあるため、作物が非常に育ちにくい。  そのため、ここ数年は兵力を強化することに力を注ぎ、他国の資源を奪うことに注力しているのだ。ソレイユ王は急いで諸外国に助けを求めたが、既に大国に迫る勢いのガルザバを敵に回したくはないと、どこの国も援軍を拒否した。そんな時、唯一手を差し伸べてくれたのがルミナーレ王国だったそうだ。  ルミナーレは建国二千年を超える大国である。歴史ある国故に、貴族至上主義の思想が根強く残っており、他国――しかも小国を助けるなど、誰も予想だにしないことだった。ガルザバは慌てて撤退し、ソレイユは正式にルミナーレの属国となったのだ。  国民は皆、重い税金や徴兵令がかけられることを恐れていたけど、ルミナーレ側の要求は年に一度の献上品とソレイユの王族のみが使えるという流転(るてん)魔法の開示だった。  これだけは王も相当渋ったようだが、国民が余計な血を流さないよう、ルミナーレの王族だけにしか開示しないことを条件に、最終的には受け入れた。  こうしてソレイユの国民たちは特に変わらず日々を暮らしている。唯一変わったことといえば、属国になったことで、ルミナーレからの観光客が増えたことくらいだろうか。観光客はお金を持っている人が多いから、商売に活かすため、ルミナーレの言葉を学ぶ人が増えているらしい。 「ふぁぁ……」  あくびをかみ殺して、ぬるくなった紅茶を流し込む。今日中に明後日納品予定の薬を調合しておかないと。……ついでに、この前考えた調合を試してみようかな。  ふと思い立って研究用のノートを開くと、間に挟まっていたメモに目を通す。  こ、これは……。自分で書いた調合レシピの筈なのに、余りにも汚すぎてなんて書いてあるのかすら分からない。えー、なんだっけ。確か一般的な熱冷ましに、シナゲク草を加えた時の抽出度合いについての文献が──  本棚の前であれでもないこれでもないと本を積み上げながら探していると、ノックの音が聞こえてきた。僕の家に来る人なんてどうせカリアしかいないし、返事がなかったら勝手に入っていいと伝えてある。  ドンドンドン  今度は強めに叩かれる。……はぁ、やっぱりそうだよね。カリアは変なとこで律儀だから、勝手に入っていいって言ってるのに、中々自分から開けようとしない。僕が中にいるのはバレてるんだろうと、仕方なく重い腰を上げてドアを開いた。 「もう、カリアうるさい。勝手に入ってきていいっていつも言って……」  目の前に立っていたのは、フードを深く被った怪しい男。その後ろには甲冑をつけた大勢の兵士たちが微動だにせず直立していた。嘘、足音なんてしなかったのに。驚いて一歩後ずさろうとした瞬間、優しく腕を掴まれて、気づいたら男の腕の中に収まっていた。 「セシェル」 「………………え……ヴィ、ラ……?」    懐かしい呼び名に思わず上を見上げると、深い紫色と透けるような水色の瞳が、真っ直ぐ自分に向けられていた。  ぱさりとフードが落とされ、星屑のような銀髪があたりに広がる。間違えようもない、僕が大好きだったあの髪だ。でもヴィラはこんなに背が高くなかったし、髪だってもっと短かった。……なにより声が全然違う。  痛いくらいに強く抱きしめられ、蕩けるような低音で会いたかったと囁かれる。足音もせず現れた見知らぬ兵士たち、ヴィラにそっくりなこの男。処理できない情報量に耐えかねた脳はキャパオーバーを起こし、目の前は黒く塗りつぶされていった。
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