第一章 出会い

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「タオルとお湯、ここに置いておくね。包帯はこの後巻きなおすから剥がれても気にしないで」  頷いたのを確認して、僕も浴室へと向かう。  昨日はタオルで拭いて着替えただけだったから、汗や泥が流しきれていないのだ。本当なら、彼もシャワーを浴びたかっただろうけど、あの体では逆に危険なのでお湯とタオルで妥協してもらうことにした。  熱いシャワーを浴びていると、色んなことが頭をよぎる。彼は一体何者なんだろう。  一番妥当なのは旅人なんだろうけど、ご飯を食べる所作が凄く綺麗だったし、身につけてた服も絹とフリルが使われてた。なにより旅人にしては若すぎる。……もしかすると、本来は高い身分の人だったりするのかな? だとしたらなんでこんな僻地に来たのだろうか。  (………考えるのやめよう)  まとまらない考えは一旦置いておき、石鹸を泡立てて全身の汚れを洗い流す。気分により数種類の薬草を練り込んでつくるお手製の石鹸は、洗い上がりの清涼感が素晴らしいと町でも人気の一品だ。  用意していたタオルで簡単に水気を拭き取ると、新しい服に袖を通す。  彼に貸した分と昨日着替えた分で、もう服の予備がない。幸い天気もいいし、包帯を巻き直したら洗濯でもしようかな。そう考えながら、包帯と数種類の塗り薬、ガーゼ、アルコールを用意して足早に部屋へ戻る。  既に体は拭き終えていたようなので、同意を得てから慎重に包帯を外していった。傷が化膿していないか確認しつつ、薬を塗り直してガーゼで保護、さらにその上から新しい包帯を巻きなおす。  脇腹の傷も膿んではいなかったけれど、痛みから熱を持ちはじめていたので、鎮痛剤を飲んでもらった。捻挫の方は……うん、問題無さそうだ。 「ねぇ、聞いてもいい?」 「……答えるかどうかは別だぞ」 「うん、嫌なら答えなくてもいいよ。なんでこんなに酷い怪我して倒れてたの?」 「足を滑らせて崖から落ちた」  崖――あぁなるほど。確かに、彼が倒れていた場所のすぐ隣には、結構高めの崖があったはず。結構、高め……の…… 「えぇ!? よくこの程度の傷で済んだね。全身複雑骨折でもおかしくないのに」 「……あぁ」 「あ、もしかして魔法使ったの? さっき出してた氷の剣も、すっごく綺麗でかっこよかったなぁ」 「お前、喉元掻っ切られそうな時にそんなこと考えてたのか」 「掻っ切るつもりだったの!? ただの牽制かと……」  ふいと目を逸らした様子から察するに、もし返答を間違えていたら、本気で斬るつもりだったのだとわかってゾッとした。  何とか話題を逸らそうとして、ふと名前すら聞いていなかったことに気づく。ずっと彼や少年では味気がないし、名前を知っていた方が何かと便利だ。 「そうだ、えーと……君のことはなんて呼べばいい?」 「……ヴィラ」 「ヴィラだね。僕はセラシェル、この森で薬師をやってる。もし君さえ良ければ怪我が治るまでここにいなよ」 「セ…スェル…?」 「あ、呼びにくいならセシェルでもいいよ」 「そうか、手当をしてくれたことには感謝している。礼を言おうセシェル。……だが、私はもう行かなければ」  そう言って、無理に立ちあがろうとする体を必死に抑える。あらゆる意味で、ここを出て行かれるわけにはいかなかった。 「待って待って待って、熱が下がったとはいえ君かなりの重症なんだよ。体力だって回復してないし、そんな状態で出て行くなんて自殺行為だって!」 「……なにが目的だ」 「そそそんな目的だなんて」  氷土のような眼差しに負けて、思わず一歩後ずさる。一体、どういう育ち方をすればこんなに疑り深くなるんだ。心に闇を抱えすぎなんじゃないだろうか。  ……でも、実は大正解。体が心配なのは勿論だけど、引き留めた理由はそれだけじゃなかった。 「あの――傷の経過をですね、見せて欲しくて。あわよくば研究に協力して貰えると嬉しいというか……」 「研究……?」 「あ、違うよ! 怪しいものじゃないから! 君の熱を下げるために、アネモス草って植物を使って薬をつくったんだけど、嵐レベルの風を受けたアネモス草と通常のアネモス草じゃ効能に差があるみたいなんだ。取ってきたものは全部使い切っちゃったから、君に断られたら次の嵐を待つしかなくて……」  しどろもどろになりながらも、ジェスチャーを交えて必死に説明する。  だからお願い! 深く頭を下げて返事を待つと、暫しの沈黙の後、渋々といった体だが了承をもらうことができた。 「ありがとう! これからよろしくね!」  差し出した僕の右手は、誰にも握られることなく宙を切った。こうして、僕と少年の奇妙な共同生活が始まったのである。
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