第二章 お出かけ

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「えーと、包帯、ガーゼ、薬用の包み紙、お肉と香辛料、あれば野菜。それにノートとペンがもう残り少なかったよね。そうだ、折角村に来たなら新しい薬学の本も買いたいし……」  事前に書いてきたメモを見ながら頭の中でルートを組み立てる。お肉は生物(ナマモノ)だから一番最後でいいとして、その他のものから順番に回っていこうか。 「ねぇヴィラ。君、替えの服もってないだろ? いつまでも僕のお古っていうのもあれだし、ついでに買っていこうか」 「いや、私は……」 「子供が遠慮するなって。ほら、服屋に行くぞ~」 「お前の方が子供っぽいだろう」  嫌がるヴィラを引き摺って、とりあえず僕が贔屓にしてる服屋に連れて行く。  けれど彼は、壁一面に並べられた服を不思議そうに眺めるだけで、少しも手に取ろうとしなかった。僕自身、ずっと森で暮らしていたから大概世間知らずな自覚もあるけど、ヴィラは明らかにそれ以上だ。  店員にも警戒心を露わにして威嚇するので、とりあえず僕のチョイスでいくつか試着させ、最終的に綿のシャツと青色のベスト、黒のズボン、靴下と下着を数着購入することにした。うん。これだけあれば、しばらくは大丈夫だろう。  次に向かったのは村唯一の本屋さん。田舎にありながら中々に品揃えが豊富で、毎回お世話になっている。  沢山の蔵書の中から絞り込むのにはかなり悩んだけれど、最近出たばかりだという薬草図鑑の新版と、以前から目をつけていた薬学の本を購入することにした。  こうして次々と用事を片付け、最後に鹿肉と鳥肉をそれぞれ二ポンドずつ包んでもらい、おまけにベーコンをつけてもらった。まとめられるものは纏めてもらったけど、それでもかなりの大荷物だ。 ▽  村からどれだけ歩いてきたのだろうか。  太陽はだんだんと沈みかけ、辺りはオレンジ色に染まり始めている。暗闇であっても道に迷うことはないけれど、夜になると魔獣が活発になってしまう。そのため、完全に陽が落ちる前に少しでも進んでおきたいというのが本音だった。 「荷物を渡せ、私が持つ」 「だ、大丈夫……」 「さっきもそう言って断っただろう。いいから寄越せ――𝔅𝔄𝔓𝔘𝔗𝔑𝔗𝔄(ヴァリティタ)」 「いやいや歳下に持たせるわけには──ッて、軽ッ…も、もしかしてこれって重力操作の魔法……?」  横から伸びてきた細い腕に、無理矢理荷物を奪い取られる。慌てて取り返そうと引っ張ると、あんなに重かった荷物が、羽毛のような軽さに変わっていた。 ー重力操作ー  無元素故に誰でも扱える魔法だが、数式的な側面が強く、感覚だけで扱えるようなものではない。かなりの複雑な魔法式と、緻密な魔力操作によって、初めて成功する高難易度の魔法だ。  実際、村でも使える人なんて見たことがないのに、十三歳の子供がさも簡単そうに使っているのだから、正直目玉が転げ落ちるほど驚いた。だけどヴィラはそんな僕を置いてさっさと先に進んでいく。  ねぇ、なんで一回通っただけなのに道覚えてるの?   そう遠くはない背中に、早足で追いつき横に並ぶ。重力操作の魔法が使えるのなら、お言葉に甘えて荷物のことはお願いしよう。暫く無言のまま歩いていると、珍しくヴィラの方から口を開いた。 「なんで魔法を使わないんだ」 「いやいや、重力操作なんて難しい魔法、さらっと使える方がおかしいからね!?」 「……そうか。だが、お前が魔法を使っているところは一度も見たことがない」 「あ~~その、使えないんだ。生まれつき」 「使えない……?」 「これ秘密ね! 限られた人にしか教えてないから!」  ヴィラが驚くのも無理はない。この世界に住む人間は、誰もが魔力を持って生まれてくる。才能や魔力量の差はあれど、皆息をするように魔法を使っているのだ。魔法を使えない人間がいることなど、まず思いつきもしないだろう。  でも、僕にとっては別に悪いことばかりじゃない。生きていく上で支障は無いし、困った時に助けてくれる人もいる。なにより、魔法がなくても僕には薬学があるから。  ……まあ、こんな時魔法があったらなって思いは、今まで何度かしてきたけれど。 「僕捨て子でさ、薬師のお爺さんが拾って育ててくれたんだけど、その頃から魔力が無かったみたい」 「そのお爺さんとやらは……」 「二年前の冬に亡くなっちゃってね。それからは僕が仕事を引き継いで、あの家に住んでた」 「………」 「ちょっと、そんな顔しないでよ。確かにお爺さんが死んだ時はすごく泣いたし悲しかった。僕には他に家族なんていないし、この先もずっと一人なのかなって泣きはらした時期もあった。でも今は君がいる」  ざく、落ち葉を踏みしめて、真っ直ぐにヴィラの瞳を覗き込む。 「僕結構嬉しかったんだよ。ヴィラは生意気だし無愛想だし可愛げもないけど」 「おい……」 「まぁ聞いてよ、君といると胸の奥がぽかぽかするんだ。寂しいなんて気持ちは捨てたはずだったのに、一緒にご飯を食べて森を散歩して、薬草のことを教える度、もっとずっと一緒にいたいって思うようになった」 「セシェル」  最初は陶器のお人形みたいだと思ってた。綺麗だけど、どこか冷たくて人間味のない子だって。でも、植物にも敬意をもって接する姿を見て、優しい子だなって思った。  顔には出していないつもりなんだろうけど、セロリを食べる時眉を少し寄せてるのも知ってる。僕が転んで膝を擦りむいた時は、いきなり僕を抱えて家まで走ろうとしてくれた。 「ヴィラが好きだよ。誰よりも繊細で優しい君が、傷つかないように守ってあげたい。すごく勝手かもしれないけど……もう、家族だって思ってるから」 「…、私だって───」 「ジジャーン! そこでこれです!」  随分クサいことを言ってしまった。真っ赤な顔と気恥ずかしさを誤魔化すように、鞄から包みを取り出してヴィラに押し付ける。それなのに、困惑した表情で固まっているものだから、早く開けてみろと促した。 「これ、最初の店の……?」 「えーと、その、…お守り! みたいな……? ヴィラの髪を初めて見た時にさ、星屑みたいに綺麗だなって思ったんだ。それで今日このガラス見つけた時、小さな夜空みたいでヴィラに似合うんじゃないかって……」  心のどこかで、お前は何を言ってるんだと冷めた目で俯瞰している自分もいた。  ヴィラは恐らく、高い身分の出身だ。今までも薄々気づいてはいたけど、今日の様子を見て確信した。こんな片田舎のガラス細工、それも片方だけの半端物だと笑って投げ捨てられればそれまで。笑って全部無かったことにしようと、そう思っていたのに。  綺麗な手が左耳にかかって影を落とした。その耳朶に輝くのは小さな夜空のイヤリング。ふいと背けた横顔が少し赤く見えるのだって、きっと夕陽のせいだろう。 「……似合うか」 「………ッうん! めちゃくちゃ似合ってる!」 「そうか……ありがとう。大事に、する」  あーどうしよう、弟可愛い。めちゃくちゃ可愛い。今すぐヴィラを抱きしめたいけど、陽が完全に沈むまでもう時間がない。せめて夕飯は好物を作ってあげようと思いながら、足早に帰路についた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▽ 「着いた……。はぁぁ、疲れたー!」 「これはどこに置いたらいい」 「あ、ありがとう。適当に机にでも置いてていいよ。後は僕がやっておくから先にお風呂入ってきな」 「わかった」  結局家に着いたのは、陽が沈んでから暫く経っての事だった。  余計なことをペラペラ話さなければ間に合っていたかもしれないけど、ヴィラが嬉しそうだったのでまぁ良しとする。魔法が使えないことは隠していたわけじゃないけど、ようやく話せてスッキリした気持ちも正直あるので、つまりはwin-winというやつだ。  疲れた体に鞭打ちながら、買った物を順番にしまっていく。そういえばヴィラの好物って何なんだろう。若い子は肉が好きなんだと勝手に思っていたけど、野菜饅頭を気に入っていたようだから野菜が好きなんだろうか。 「……………」  疲れた体は思考すら放棄してしまったようで、本日の夕飯は、簡単に作れるチキンのバターソテーとサラダに決定した。特別にサラダのセロリは抜いてあげよう。 ▽  一通り準備が終わって料理をテーブルに並べると、椅子の背もたれに体重を預ける。水音が聞こえなくなったということは、そろそろヴィラも上がってくる頃合だろう。  首にかけられた細身のチェーンを手繰って、目当てのものを胸元から取り出した。小さな頃から肌身離さずもっているお守り。それは、木製の小さな指輪だった。中央に埋められた琥珀色の宝石が薄っすらと光を放っている。  この生活がいつまでも続くなんて思ってない、だけど――指輪を強く握りしめて瞼を閉じる。 「せめて、僕たちにとって幸せなかたちで終わりを迎えられますように」
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