0人が本棚に入れています
本棚に追加
そして今(2)
「おお、ここだ!」
何度も訪れた、パソコンゲームのレンタルショップ。お店はもちろん消滅しているが、ビルそのものは健在だった。
通りの反対側には、ちょっと横に広い建物があったはず。そんな微かな根拠にも基づいていたが、それだけではなかった。似たようなビルが建ち並ぶ中、この建物の前まで来た瞬間ハッとしたのだ。
理屈ではなく、感覚的なものだった。
「せっかく来たのだから……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、狭い階段を上がっていく。
子供だった当時、西口の雑居ビルなんて、目的のお店以外は怖くて看板すら見られなかった。
でも今は大人だ。しかも年齢的に、既に人生の半分以上が終わっているのは明白であり、今さら怖がることもなかった。
このビルには、どんなテナントが入っているのだろうか。あのレンタルショップがあったフロアは、どうなっているのだろうか。
そんな子供じみた好奇心から、二階の廊下を歩くと……。
「……ここだよな?」
灰色の扉には、薄汚れたプレートが一枚。何かのお店らしく『不思議屋』と書かれていた。
これだけでは何を扱っているお店なのか全くわからない。それどころか看板の汚れ具合から判断すれば、既に潰れた店だろうか?
そんな失礼な考えも頭に浮かんだ瞬間、自動ドアでもないのに、扉が勝手に内側へ開いた。
店内からは、しわがれた老婆の声が響く。
「いらっしゃいませ」
漫画やアニメに出てくる魔女みたいに、フード付きのローブを羽織っていた。
何かのコスプレだろうか。一瞬、先ほど東口で見た乙女ロードの光景を思い出す。
「そんなところで立ちすくんでないで、どうぞ中へお入りください」
「いや、私は……」
話しかけられて反射的に口を開いたが、言葉が続かなかった。
正直に答えるのを躊躇したのだ。きちんとした来訪先もなくビルに入ったわけで、これでは不審者と思われてしまう。
そんな私に対して、老婆は微笑む。
「言葉は要りませんよ、お客様。うちは『不思議屋』です。入れる資格のあるお客様にしか看板は見えませんし、扉は開きません。さあ、中へどうぞ」
言っている意味はわからないが、とりあえず二度も「中へ入れ」と言われた以上、素直に従うべきだろう。
彼女の言葉に背中を押される気分で、私は店内に足を踏み入れた。
最初のコメントを投稿しよう!