レンタルメンタル

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いつもより1本遅い電車の吊り革につかまり、出掛けに言われたオカンの言葉に納得していた。 地方にいた爺ちゃんの葬式で忌引きプラス有休で1週間休んだ。 「1週間ぶりに行くんだから夕べの内に用意すとくもんじゃないの?」 それもそうだ、休み前に人事厚生部にワクチン接種済証の提出があると聞いていた。なんでいつも俺はこうなんだとぼんやり車窓に流れるビル群を見ていた。 会社のエレベーターの中が唯一の束の間の静かな時間だ。扉が開けばオカンと変わらぬけたたましい声がして来るのはわかっていた。部長の原口女氏、俺達の話なんて耳を傾けず、追い詰めて来るかの様に捲し立てる声。 エレベーターが止まった。 着いた……深呼吸を1回。 扉が開いた……息を止めながら1歩を踏み出す。 「あれっ?」 俺、時間に間違えた?部長の声がしない。 恐る恐る事務所に入ると、窓の向こうのビルを背にひとりデスクに座る原口部長がいた。 俺は誰も座っていないデスクの列を不思議に思い、キョロキョロしながら原口部長のデスク前に行った。 「おはようございます。この度は長くおや……」 「な~に久しぶりに来て虚どってんの!みんなウィルスに感染して休み!だから10日間誰も来ない!」 「えっ?えぇ~っ!」 「仕方ないっしょ!私が、えぇっ!だよ!ったく年末商材の『数の子入り松前漬け』の詰めに入る時に!」 それは第一取引先の大手スーバーのブライベートブランド、いわゆるPBだ。間に合わないと言う訳にはいかない。 「だからさぁ……休み明けに悪いんだけど宮部君、あなたひとりでやって!」 「えっ?えぇ~俺がっすか!『お前はおとなし過ぎてオドオドしてるから営業には向かない、一切外部接触はさせない!』って部長仰ってましたよね?それを今になって……」 「仕方ないじゃない!いないんだから!ハイこれ」 各担当者のメアドが書いてあるリストが渡された。 「それ見て連絡して引き継ぎして」 えぇ~!俺に出来るわけないじゃないかぁ……。と頭の中はその文章を構成する単語が入り乱れて飛び交った。
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