お願い事。

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お願い事。

「じゃあ、私を殺してよ。もう、無理。 どれだけ私が泣いたと思ってるの? 苦しいとかそういうレベルじゃない。 もう自分の頭がおかしくなってるのがわかるの。私の全てが砕け散ってしまいそう。 だから、無理。もう嫌だ。 ねぇ、願い事叶えてくれるんなら私を殺して」 『ごめん、それは無理』 「なんでよ」 『俺、そんなこと、人を殺すなんてで、できない』 彼は泣いていた。お前が泣くのか。 私もまだ泣いていないのに、となんだか変な感じだった。 『それに俺、七菜香を殺すためにここにきたんじゃない。』 「そんなの願い事叶えにきたんでしょ」 『いや、本当は七菜香泣いてたから、来ただけ』 なんだその子供みたいな理由は。 『だから泣かないように願い事叶えてあげるよって言ったんだ。』 今はお前が泣いてるんじゃん。 『正直ずっと私のそばにいてとか、そういうの期待してた』 自分で言うなよ 『でも、殺してって、んなの…』 「じゃあ、ずっとそばにいてって言ったらそばにいてくれんの?」 『いや、普通に制限あるから無理』 無理なんかい 「どうするつもりだったのよ」 『…どうもできないね』 彼は困ったように泣きながら笑った。 こいつは生きてる時もそうだった。 何にも考えがないくせに泣いてる人や困っている人がいたら無責任な優しさを振りかざしてくるのだ。 私はそんなこいつが大嫌いだった。 でも、いつも私の心配をしてくれてニコニコ隣で笑ってくれて、ちょっと冷たいことをいうと困った様に微笑む、なんでもわかっているかのように優しく私の頭を撫でる、こいつにどうしようもなく溺れていた。 『泣かないで』 彼は自分は泣いてたくせに私がちょっと泣いただけでそっと私の頬を拭った。 「幽霊なのに触れるんだ」 『え? あぁ、そうだね。』 「痛いたしい死体だった」 『え?』 「あんたの死体、車に轢かれてそれはもう凄惨だった」 『う、俺、グロいの無理だって』 「…、私が、出てけよ、とか言わなかったら、言わなかったら」 もう我慢できなかった。後から後から涙がこぼれ落ちて止まらなかった。 「しかも、最後の会話がそれで、もう、私」 今までかれるほど泣いたはずなのにまた、話せないくらいに嗚咽が溢れた。 『それは違うじゃん。 そのあとLINEくれただろ? プリン買ってきて、って。しかも絵文字付きで。 七菜香の絵文字はレアだからなぁ。 俺、あれみて嬉しくてさ走ってコンビニ行ってたんだよ。 もう、七菜香からのLINEで頭いっぱいでさ』 彼ははにかんだような笑顔で照れていた。 『だから、俺最後の最後まで幸せでいれたんだよ。 それは、七菜香のおかげ。ありがとう。』 「何言ってんの、そんなの」 『あ!でも、俺の返信みた?』 返信? 「見てない」 『見てよ!』 「今?」 『今!』 スマホをおずおずと取り出す。 実は泣き喚いていた時スマホをぶん投げてしまって画面がバキバキなままなのだ。 『ほら、早く早く!』 彼はそんなこと気にしていない様子で、急かしてきた。 「うん」 彼とのLINEを開くと確かに彼からLINEが来ていた。 そこには 『了解! さっきはごめんね。めっちゃ美味しいプリン買ってくるから! 愛してるよー!!』 と書いてあった。 「…、コンビニのプリンはめっちゃ美味しいプリンじゃねーだろ」 『え!そこ⁉︎』 涙が止まってくれない。痛い、胸が苦しい。 『そこじゃなくて注目すべきは愛してるのところだから!!』 「…だから何よ」 『え?いや、俺も言ったんだから七菜香にも言って欲しいなって』 もじもじしながら恥ずかしそうにしながらそんなことを言っている。 「LINEでじゃん。 それに軽いし、こんなんじゃ言わない」 すると彼は私の両手を握って 『じゃあ、』 と、言葉をつづけようとする。 「待ってやめて」 そんな彼の言葉を遮った。 そんなこと今言われたら、胸が爆発してしまいそう。 今だって胸が苦しくて仕方ないのに、これ以上感情を揺さぶられたら、自分がどうなってしまうのか、わからない。 『言って欲しいもん、七菜香もそうなんでしょ?』 そんなことを考えていることも知らずに、彼は甘えたように言ってくる。 「そんなこと、ないもん」 『七菜香のこと誰よりも知ってる俺が言ってるんだからそうなの』 『ねぇ、七菜香。  愛してる』 ずっと流していたはずの涙がもっともっと溢れてきて体が枯れてしまいそうだった。 『なんか、恥ずかしいかも…』 そう言うのに彼は手を離していつものように顔を隠したりしない。 そのまま優しく手を握って 『次、七菜香』 などと言ってくる。 「…」 『ほら、早く!!!』 「…、あ、」 『あ?』 「あ、…愛してる」 聞こえるか聞こえないかわからないくらいのか細い声だったはずなのに私がそう言った途端彼は私のことを力強く抱きしめた。 『俺も、俺もめっちゃ愛してる』 なぜか彼の体は暖かくて、前と変わらない優しい匂いで、私のことをすっぽり包んでくれている。 もう二度と感じられないと思っていた温もりを感じられてることの嬉しさと、もうこれから感じられないのかもしれない切なさで、涙はまだ止まりそうになかった。 「お前のめっちゃ信用できない。」 『コンビニプリンうまいじゃん』 「専門店で買った方が美味しいよ」 『そう、だな』 そう言って笑った。 彼も私もぐちゃぐちゃに泣いていた。 でも、今は、今だけは幸せなまま眠りたいと思った。
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