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オーディション前の最後の舞台練習が終わった。
ふと、上手側の真ん中よりも少し前の列の席に視線が動く。
初めてこのホールに来た時、私は観客だった。
今までプロのミュージカルしか鑑賞したことがなかったので、趣味でやっている人たちがどこまでのクオリティで仕上げてくるのか、というところは一つ楽しみであった。
期待以上とまではいかなかったが、突出して上手かった人がいたので楽しむことはできた。
だが肝心の主役は脇役に食われていたし、ソロパートは所々不安定で危なっかしくも感じた。素人目線なりにも、演技ももうちょっと改善の余地がありそうだった。
だけどカーテンコールで見せた、キャスト全員の歌唱には鳥肌が立ったのを覚えている。おそらくそこだけは演技ではなくて、心からミュージカルを楽しんでいる気持ちが伝わってきたからだろう。
羨ましかったのかもしれない。
この時、確かに芽生えていた感情を無意識に押し殺していたから、あの頃の私はすぐに行動に移せなかった。
私はもう一度、さっきの客席を強く見つめる。三年前、観客として座っていた席はおそらくあのあたりだ。
やっとここまで来たよ。あの時芽生えた気持ちを、こうして形にできたよ。
私の今の実力が、ディレクターのお眼鏡に叶うかはわからない。受かるかどうかも、役をもらえるかもわからない。
舞台に立てず裏方に徹することになる可能性だってある。だけど、少なくとも“あなた”の前で、私は堂々と歌い切った。
昔の自分を舞台上から眺めると、一人分の拍手が聞こえた気がした。
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