舞台から見た景色

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 築年数もそこそこで、決して綺麗とは言えないこの建物の中には、私の憧れがある。  普通の人から見たら、市民のためのちっぽけなコミュニティ施設。  だけど私にとっては、輝かしい舞台だった。  歩くと少しキシキシ音を立てる床は中央の部分が数歩分だけ客席に伸びていて、ちょっとした花道と言っていいのかもしれない。ここに立って客席を見下ろすと、簡単に全ての客席を見渡せてしまう。大して人数は収容できないのだと物足りなく思うのは、今は観客の視線がないからだろう。  音響機材のある客席後方と、調光室の窓に目をやる。それぞれ一人ずつ劇団の仲間が配置していて、二人とも手を挙げ準備が整ったことを私に知らせてくれた。  一呼吸おき、私も合図を送れば伴奏が流れ始める。同時に、舞台側の照明もゆっくり落ちてゆく。  この歌は、勝手に歌詞が口から出てくるほど、それはもう何度も練習した。  出だしは、喪失感と絶望感であふれた心情。  喉を震わせ、不規則に息を含ませる。緊張で音楽よりも先走りそうになるのを堪えて、冷静にいつものペースを取り戻す。  絶望は続くが、全てを吐き出した後には少しずつ決意が芽生える。  絶望を乗り越えたとはっきりわかるこのフレーズに、鋭く強い呼吸を乗せる。歌は後半に入った。  決意がよりしっかりと固まっていく。  ラストに向けて高音域に差し掛かり、力の全てを腹の底に込めた。すると上半身の力が抜けて、声が伸びていく感覚を掴んだ。  大丈夫、これなら十分に練習の成果を出し切れる。  私の動きに合わせて息ぴったりに動いていたスポットライトも弱まって、後奏が終わるタイミングで背景の色が変わり次第に暗転する。  
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