ある愛の告白

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 夕暮れの教室。人気のない部屋に僕は呼び出された。  ガラッと戸を開けると、呼び出した本人は既に教室の中にいた。 「よお、直美。何だよ、呼び出したりして」 「お、五朗。ようやく来たなー?」  僕の声に振り返りながら、いたずらめいた口調で僕を迎える直美。夕焼けに照らし出されるその笑顔は、いつも教室で見かけるそれとはまるで違う雰囲気を持っていた。 「ようやくって……約束の時間通りだろ?」  教室の時計を見ると、一分も|違〈たが〉えず僕は教室に入ってきた。文句を言われる筋合いはないはずだ。 「女の子を待たせるもんじゃありません。ぷんすこ」 「……すいません?」 「よろしい!」  ヒヒヒ、と直美が笑う。 直美はよく喋るし、冗談も言って良く笑う。だがそれにしたっていつも以上に饒舌な気がする。 「で? 何の用?」 「……」 「……なんだよ」 「にぶちんめ……」  小声で吐き捨てるように言われても、僕には呼び出されるような事をした記憶はないし、特にケンカ事もない。良好な関係のはずだ。 「呼び出したのは他でもありませーん。五朗に言いたい事があったからでーす」 「言いたい事? いつだって言いたいように言ってるじゃないか」 「そういう事じゃなくて……あぁ、いいや。うん」  うーん、と頭を悩ませた後、直美は僕に近づいてくる。何をするのかなと見守っていると、僕の両手を彼女の小さな両手が包んだ。ひやりとした感触と共に、小さく震えているのが伝わってくる。 「あのね? よく聞いてほしいんだけど……何かね? 私、五朗の事が好きみたいなの」  夕日で顔が真っ赤に染まった直美が、まっすぐにこちらを見つめて言う。辿々しいし、緊張が声に明らかに乗っている。だが真剣なのは僕にだって分かる。  ……あれ、直美ってこんな顔していただろうか?  不思議だ。見慣れたはずの彼女の顔が、普段と違って見える。潤んだ瞳が不安そうに揺れ、口元は緊張で震えている。 「えぇと……」  自分に対して真っ直ぐに向けられた感情に対して、どう応じていいのか分からない。戸惑っていると、直美は意を決して一歩近づき、僕にキスをした。 「!?」  唇に伝わる柔らかい感触、つけているリップクリームの、ほんの少しにがみがザラメのお菓子を思い出させた。 「これで分かるでしょ!? にぶちん! 分かれ!」  いよいよ真っ赤になった直美が、いても立ってもいられず、教室の外へと走りだして行ってしまった。僕は一人取り残され、唇に残った感触だけを反芻していた。
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