枯れた女王様の恋愛事情

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「お疲れ様でした。今日は以上でーーす!」 ADが大きく手をたたく。 皆口々に 「お疲れ様ぁ」 と言っている。 お疲れ様、の後の監督の仕事は基本的に女優さん、男優さんに労いと感謝を言いスタッフにも声をかける。 私はそこからまた映像のチェックに入るため個室に籠る。 後の仕事はスタッフに任せる。 一番大事なのは女優さんに対するアフターケアだ。ご機嫌を損ねると光の速さの如く色んな噂を立てられる。 お疲れ様の後方が実は大変だったりする。 男優さんはかなりメジャーな方でない限りはそんなに重要ではない。 何故なら視聴者は男優の事なんて殆ど見ていないからだ。形式的に挨拶をして後は放置。という事はざらである。 ただ女優さんの場合は違う。 いくら企画物と言えど、どこで売れるか分からない。機嫌は取って、いい印象を残していた方が次のアポにも続きやすい。 女優さんも現場作業中より、その途中や後のケアの充実さの方が大事なのだ。 今日は部屋撮りだったので二本撮りだった。 帰る頃には終電もなかった。 明日もあるが帰った所で寝るだけだ。 さて、どうしようか?とチェアに座ったまま伸びをしていると、背後から声をかけられた。 「女王!お疲れ様です。まだいたんですか?精が出ますねー。」 ヘラヘラ笑いながら近づいてきたのは、名前ばかりの副監督という名の同期の男だ。 こいつは私が監督になる前の監督。所謂私を監督として育ててくれた奴だ。 「その、女王ってのやめてよって何度も言ってるよね? てかあんたもいたんだ。」 「次の企画の草案作ってたんだよ。 て、あんまり他作品と似てないかどうかのチェックとね。」 これが私には面倒臭くて出来ない作業。それをいつもこいつがやってくれるから私は気兼ねなく案を出し、撮影が出来る。 企画物となればほんとストーリーがマンネリし他作品と似た構造になりがちである。 そうなるとかなり面倒な事になるのだ。 撮るのが好きな私にはそういう面倒な事は苦手だった。 「いつもありがと。 一仕事終わったし、電車もないし、一杯奢るよ?どう?」 「え?いいの?期待しちゃうよ?」 彼はペロリと舌を出すとおどけた口調で喋る。 「はいはい、いくら期待しても無駄だって事はあんたが一番知ってる事でしょうよ、んで?行くの?行かないの?」 私はチェアにかけてあった上着とハンドバックを持って扉に手をかけていた。 「行くよ、行きますよ。女王様の仰せの通りに。」 こいつ【平本】とは長い付き合いだ。 キャバクラ時代に客として来て、AVのスカウトを受けたが、女優ではなく撮影のアシスタントをしてみたいという所から始まっている。 その時は純粋にエロに興味があったのと、撮影が夢だった私の夢の現場であった。 「もう10年位になるか、、この仕事に就いて。なんだか早いな。」 平本はロックのグラスを傾けその氷の音を聞きながら言った。 「そうね、あんたもじじぃになったわね。」 私はお気に入りの柑橘系のカクテルの色を見ながら答える。 「お前、仕事もいいけどプライベートも楽しめよ?最近眉間のシワ増えたぞ?」 からかう様に私に言う。 平本はキャバクラ時代から私に猛烈にアタックしていた。 流石に毎回塩対応で流されると今ではもういい飲み友達、相談友達と固定されてしまった。 冗談では私の事を毎回落とす!とは言ってるけど、本当に冗談なのは、あれから彼の左手にの薬指には指輪もはめられていて、アナログだが携帯のホーム画面は可愛い息子さんの写真になっているからだ。 勿論ちっとも残念ではないのは、私は涸れに全く気がなかったからだ。 「ほっといて頂戴。私は私で上手くやってるから。」 ほんとは何にも上手くはいっていない。 友人はいるが殆どが結婚してしまい。気兼ねなく心を寄せる相手もいない。 最近は専らお気に入りのカフェで読書をする事しかしていない。 「彼氏は?相変わらず調教してんの? いいねぇ、本物の女王様に調教して貰えるなんて。48手もお手の物ってか。うちは普通だからなぁ、、、」 突っ込み所は多いが、何故だか私は勝手に彼氏持ちと周りが見ている。 そして【エロの女王様】という勝手な認識が皆の妄想力を高め、調教している事になっている。 ほんと迷惑な話だが、まぁこの歳で彼氏がいない!とムキになるのもそれはそれで怪しい。 という事で勝手に言わせている。 調教どころか、、、私はあんたの普通が羨ましいわ! と心で叫ぶが虚しいだけだ。 「お子さん、何歳になったの?」 相手の興味のある話さえ振っていれば、相手は幾らでも勝手に喋る。 私は笑顔で相づちを打つだけで、目の前のカクテルに口をつける。 そうまでして何だか今日は真っ直ぐ家に帰りたくなかったのだ。 平本のラジオの様な育児話を右から左に聞き流しながら、適当に相づちをうち酒を飲む。 家に帰ると「私は一人だ。」と現実を突きつけられる。それが嫌なのだ。 少くとも今の状況は一人ではない。 たまに想像する。 彼氏がいたら?家に帰ると電気がついていたら?疲れて帰ってきた時に、無条件に頭を撫でてくれる人がいたら? きっと幸せなんだろうな。 でも、彼氏となると、やっぱそーゆー事もしなくちゃ、なんだよね、それがなければなぁ、、、 そんな都合のいい彼氏なんている訳がない。友人とルームシェアなんかも考えたが、30半ばの女がルームシェアとかもう永遠に恋愛はしない!と断言してるみたいなものじゃない!?と考えたり。 ペットは猫が一匹いるが、癒してはくれるが抱き締めてはくれない。 夜遅くに帰路に着いた。 「ただいまココちゃん。ママは疲れたよー。」 愛猫を抱き締めモフモフの毛に頭を埋める。 ココは「そんな事は知らない、とりあえずご飯っ!」という様に餌皿の横にちょこんと座ってこちらを見ている。 本当の私の姿は多分このココしか知らない。 「あーーーー!彼氏欲しいーーー!」 30過ぎの女の乾いた叫びを猫のココは 「拗らせ過ぎも大変だにゃ」 という様に私の顔の側にやってきて、まるで慰める様におでこをくっつける。 「元気出せにゃ。」と。
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