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アメがうちに来てから2ヶ月位経った頃、相も変わらず忙しい仕事が一息つき私は帰り支度を始めた。
「よぅ!女性!最近ツレないけど、たまにはどう?」
と言って、平本がお酒を飲む手振りをしてきた。
確かにアメが来てから全くと言っていい程外で食べたり飲んだりする事がなくなっていた。
ま、たまにはいいか、、、と私は平本の誘いに乗る事にした。
アメには一応「晩御飯いらないよ。」とラインはしておいた。
あの子の事だ。きっと作るに決まってる。
そんな中でもないんだけど、何だか申し訳なくて送った。
平本の今日の話題は「奥さんとの不仲」であった。
相変わらずラジオの様な男である。
いつも通り右から左に受け流し、適当な所で相づちを打つ。
以前はこんな相手でも一人きり【厳密には猫がいるが、、】の我が家に帰るのが嫌で、いい暇潰しになったものだ。
だけど今日は違う。
カクテルを喉に流しながら、ぼんやりとアメの事を考えている。
「ってか、聞いてる?嫁さんほんと俺の話聞いてくれなくてさぁ、」
ハッとした。あれ?何で私アメの事考えてる?
「あ、ごめん、聞いてるよ。それで?」
慌てて返事をしたけど平本は気に入らなかったらしい。
「ほんっと女王は俺に興味ないよな。俺はこんなにアピールしてるってのに、」
「あんたにはほんと感謝してるよ。そっちのご期待には応えられないけど、仕事で結果の恩返しはしてるつもり。」
私は笑顔でグラスを持ち平本のグラスと合わせて乾杯の素振りをした。
「女王、やっぱ最近変だわ、作品にも出てる。何か柔らかいんだわ。まぁ作品的にはそれもありなのかも知れないけど、、なぁどうしちゃったんだよ?」
うわ、、、作品にも出てるって、、ヤバいやつじゃん。長年連れ添ってきたこいつが言うなら間違いではない。
「そ、そうかな?、、まぁ作品的に大丈夫ならそれでいいんじゃない?悪くなるよりいいでしょ?」
焦る、、いや、悪い事はしていない、、何故焦る???
「俺が知ってる女王はよぉ、そんな風に笑う女じゃねえって事だよ!」
平本の語尾が熱くなる。
そんな風に笑う?どんな?わからない。
平本は私がぼーっとして受け流しているうちによほどお酒が入っていたのか、私もいつもなら適度な所で距離を開けているつもりだった。
迂闊!
平本は飲まれるタイプだ。早々に切り上げないと絡まれるやつだ、これ。
「ね?そろそろ帰ろっか、奥さん待ってるよ。仲良くしなよね。」
私は会計をし席を立った。
平本はまだ何か言いたげだったが、黙って席を立った。良かった、、何事もなく帰れる。危ない危ない。
店を出て直ぐだった。急過ぎて何がなんだか分からなかった。
気がついた時には私は平本の腕の中にいた。
こういう事は何度かあった。
「ちょっと、、やめて!飲み過ぎっ!」
身体を離そうと強く平本の身体を押す。
いつもの平本なら、ここで、
「ちぇーーーっ、ざーんねん。今回も外れかぁー。」
と冗談めかしく言って身体を離す。
いくら酔っぱらって時間はかかっても必ずそれで終わりだった。
必ずそれで終わり、のはずだった。
平本は更に強く、長く、私を抱き締める。
「ちょっと!そろそろ怒るよ?」
私は更に引き離そうとする腕に力を込めた。
んー、、飲ませ過ぎたか??
暫く抱き締められる事に付き合った。
初めてではないし、キャバクラ時代はもっとしつこい客もいた。
「んーーっと、、そろそろ離してくれない?」
少し時間を置いてから優しい口調で言ってみた。いくら飲み過ぎでもいい加減過ぎる。
「女王、、、今日は一緒にいて欲しい、、」
平本は私を抱き締めながら泣く様にそう言った。
私はまだ遊びのうちか、と半ば呆れて、ため息混じりに返した。
「もうっ!そーゆーのはナシって毎回言ってるでしょ!?学習しないなぁ、、、」
抵抗する腕の力も勿体なくて、だらんと私は腕を下ろした。
酔っぱらい程面倒くさいものはない。
まだ力で言い聞かせられ子供の方がましだ。嫌と言う程私はそれを知っている。
心の中で
「あー、早く諦めてくれないかなぁ?」
とぼーっと上の空だった。こういうのは無抵抗に限る。飽きるまで放置するのだ。
次の瞬間ふいに私の唇に熱い体温を感じた。
えっ、、、!?
平本が私の唇を奪っていた。
今までこんな事なかった!
何!?どういう事!?
「ちょっ、、!何するのっ!!!」
キスをする為無力になった平本の身体を突き放し叫んだ!
一瞬の事で驚いたけど、私は堪らなく気持ち悪かった。
男だ!
平本が男になった!
「バカっ!!」
私は泣きそうになりながら平本に怒鳴り、すぐさま背を向け、何も聞かず走り去った。キスされた唇をごしごしと拭いながら。
確かに好意を寄せられていたのは事実だった。前にも抱き締められた事はあった。
平本は初めから男だった。
分かってた。こんな事があるかも知れない、と。
キャバクラ時代にも無理矢理キスしてくる客もいた。だから初めてではなかった。
でも、、まさか、平本が、、
いや、スキを見せた私が悪いのか?勘違いをさせたのか?
ううん。
でも2ヶ月前までは、いつもの冗談の平本だった。
奥さんとの不仲の話の延長で、私を求めた?
違う。平本はそんな茶番なリスクを負う男ではない。それは長年一緒にいたから分かる。
じゃあ、何故??
走りながら全く答えは出なかった。
ただ泣きたい。訳もなく泣きたい。
涙が出る事もなく、走り疲れた私は、敗北者の様に肩を落としてトボトボと帰るしかなかった。
こんなに遅い時間だというのに見上げると自宅の明かりは付いていた。
そうだった。家にはアメがいるんだった。
ココだけなら私がどんな顔をして帰ってもいつも通りに
「やっと帰って来たにゃ。」
と言うだけだ。
どうしよう?こんな時どんな顔をすればいいのか分からない。
とはいえ帰宅以外に選択肢がないのだから、私はいつも通りに玄関を開ける。
するといつも通り二匹【といっても一匹は人間のアメだが、、、】が迎えに出てくれる。
「ははっ、二人ともただいま。」
なるべく明るく振る舞ってみた。
実は猫って飼い主の感情を読み取ってるのか、元気がないと励ます様に側に寄って来る。
だから私は敢えて元気な振りをした。
いつもなら私の出迎えを確認するとすぐ餌皿の横に誘導するココがやけに足にまとわりついてくる。
見抜かれてるか、、、
心配してくれているみたいだ。
「ごめんね、ココ。大丈夫だよ、有り難う。」
私は優しくココを撫でる。
ココは少し安心して部屋の中へ戻る。
そのココの後ろ姿を見届けてから今度はアメが私に抱き付いてきた。
あ、、れっ?!
いつも甘えてじゃれて来る感じと違う。
しかもアメが私を抱き締めるのは初めてだった。
アメはいつも受身で私から弄る事はあってもアメから行動する事は全くなかった。
この2ヶ月だって異性らしい行動はお互いなかったし、そういう立場で捉えてなかった。
可愛い弟。もしくはココと同じ癒しをくれるペット【やはり家族】としてしか思った事はなかった。
アメは言った。
「あけちゃん、泣いてる。凄く凄く心配したんだよ?
とっても嫌な匂いがする。あけちゃん嫌な思いしたんだね?」
私は何も言えなかった。
玄関先でただ私の代わりにアメが大粒の涙を流しながら暫く私を優しく抱き締めていた。
さっき同じ男性である平本に抱き締められた私の身体を同じ様にアメに抱き締められているのに不思議と全然嫌ではなかった。
むしろ、先程の嫌な身体の記憶が浄化される様な心地よさだった。
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