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瞬間、目の前が真っ暗になった。
誰かが耳元で囁く、いや『何か』が頭の中に直接言葉を送り込んでくる。何語か分からない、だがそれを聞かされているとあらゆる負の感情が腹の底から延々と沸き起こり続ける。殺せ殺せ殺せと――。
急に視界が開け二人と目が合う。永遠にも感じられた暗闇の時間は1秒も経っていないらしかった。
「おい」
「ああ」
先生が起き上がり僕の拾い上げた種を取ると袋に入れた。
「大丈夫かい?」との問いに「はい」とだけ答える。
「大丈夫な訳はないんだけどなあ」
先生が嫌なことを口にする。
「それ……なんですか」
僕は恐る恐る聞いてみた。
他に床に落ちた種をすべて拾い上げると先生はやっと聞かれたかという感じで嬉しそうに答えた。
「種にも色々あってね。人の心に作用して悪意を煽る『不安の種』って種類があるんだけど、コイツはねえ、その中でもとびきり上物の『殺意の種』さ」
「ほら、殺意が芽生えるって言うだろ?アレだよアレ!」
意味が分からない。
けどあの暗闇の刹那に沸き起こった負の感情、あれは確かにどす黒い殺意だった――。
「だから」
先生が笑みを浮かべながらこちらを見た。
「なんでキミ平気なの?」
こっちが聞きたかった。先生の話は到底信じられなかったが不本意ながらもそれは本当なのだと体験してしまった。
「鈍感力」
「呪いを受け流す体質を持つ奴が稀にいると聞いたことがある」
ヤクザ者が口を開いた。
「ははあん、なるほどなるほど。つまりキミは呪いが効かないほど鈍いと。まあ無事でよかった。処理しないといけないとこだったよ」
二人が笑いあう。いや待って今すごく不穏なこと言わなかった?
「しかしいい拾い物したな先生。俺に譲ってくれよ」
「いやいや、これからは本格的に仕事を手伝ってもらわないとねえ」
「お、じゃあ新しい依頼があるんだがやるか?」
「いいねいいねえ、どんどん持ってきたまえよ!」
本人そっちのけで盛り上がっている。割り込みづらい雰囲気だったがそれでも聞かずにはいられなかった。
「あの、先生は何者なんです、か?」
「ん?知っての通り骨董品屋だよ?『少し』『不思議な』ね」
「藤子・F・不二雄先生かよ!」
ヤクザ者が盛大に笑いながらつっこむ。そのフレーズが気に入ったようだった。
けど僕はそれどころじゃなかった。『少し』『不思議な』?!冗談じゃない、『非常に』『危険な』の間違いだろ!!
大麻どころの話じゃなかった。ヤバいって次元じゃない、命に係わる。呪いが効かない、じゃあオッケーすねーとはならない。むしろ今回奇跡的に助かっただけだ絶対。
二人の話題はいつの間にか青い猫型ロボットの秘密道具に移りそれらがいかに呪いに近いかで盛り上がっている。僕は気づかれないように少しずつ出口に向かって下がっていった。
「どこへ行くんだい?」
先生が目ざとく見つける。
「えと、た、体調が悪くて早退しようかと……」
「そりゃ大変だ、そうだね、今日は早く帰って寝た方がいい。うんそれがいい」
案外素直に解放してくれそうで少し拍子抜けしたがなんとか帰れそうだった。
お先に失礼しますと告げ、気早に立ち去ろうとする僕の背後に先生が言葉をかける。
「お疲れ様、『また明日』ね」
それになんと答えたかよく覚えていない、ただ一刻も早くこの場を逃げ出したかった。
駆け出しながら頭の中で雲隠れの準備を考える。夜逃げしかない、もうこれ以上ここには居られない。死ぬ、いつかどころか明日死ぬ。
翌朝、僕は店の前にいた。
店の扉を開け「おはようございまーす」といつもの調子で入っていく。
あれ、どうして僕はここにいるんだ?
それからずっと後に気づくのだった。約束も『呪い』である、と――。
先生が相変わらずの格好で眠そうに答える。
「グッドモーニング」
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