1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

 そこにはホウキを持って屋上を清掃する用務員さんの姿があった。そうだった、完全に忘れていた。俺が屋上に来た時も用務員さんが掃除のために鍵を開けていたんだった。今日だって同じように用務員さんが掃除に来ていたって不思議じゃない。用務員さんは俺が扉を開けた音が聞こえていたようで、入ってきたのが生徒だと分かると「おお、ここは生徒さんは立ち入り禁止だよ。」と俺の元へ駆け寄る。俺は走ってくる用務員さんから逃げるように「すみません。」と言いながらへこへこ会釈をして扉を閉めようとする。しかし、用務員さんの言葉で引き留められた。  「あー、ちょっとまって。聞きたいことがあるんだよ、叱ったりしないからさ。ちょっとだけ話を聞かせて、君も噂を聞いてきたんでしょ?」  用務員さんが言うには俺の前にも屋上に入ってきた人がいたらしく、噂についてはその子から聞いたらしい。俺にも噂に関することを聞いて、正確なことを把握しておきたいそうだ。俺は知っていることを全て伝えた。  「噂するのはいいけど、ほどほどにね。先生たちに見つかったら、叱られちゃうから。今日みたいに私しかいない時はいいけど。」  そういって用務員さんは笑った。  「噂が始まったのが一ヶ月と少し前って聞いたけど、実はちょうどその時、生徒さんを屋上にいれちゃってね。私が掃除用具を忘れて取りに帰っている間に。少しなら問題ないだろうって鍵を開けたまま行っちゃってね。その時のことが噂の元になってるんだろうね、ちゃんと見つけてあげればよかった。」  用務員さんはバツが悪そうだった。きっとそれは俺が屋上に入った時のことだ。でも、「見つけてあげればよかった。」ということは用務員さんは気づいていたのだろうか。俺は恐る恐る尋ねた。「そりゃあ、いつも無人の屋上に人影や物音があれば気づくさ。生徒さんのちょっとした出来心だったろうから、その日はわざと見逃がしてあげたんだけど。」とちょっと鼻高々だった。  「少し前までは屋上も出入り自由だったんだけどね。色んなことが制限されて、生徒さんにとっても生き辛い世の中になったもんだよ。」  用務員さんは完全に生徒の味方のようだ。  「ただ、屋上の制限については私は賛成なんだよね。屋上に生徒さんがいたころは楽しそうだったけど、同じくらい危なっかしくて。屋上から落ちたら危険だからボール遊びはダメだって言ってるのに勝手にやってたり、度胸試しって言って端っこの方まで行ってみたり、どんどん歯止めが利かなくなってて。いつ大事故になるか冷や冷やだったよ。」  そんなことをする人がいるなんて、高所恐怖症ぎみの俺にとっては正直信じられない。でも、用務員さんはそんな現場をいくつも見てきたんだろう。しばらくその頃の光景を思い出すように遠い目をしていた。  「長い間、引き留めちゃってごめんね。私ももう掃除は済んだから、一緒に降りよう。私と一緒にいれば、先生に見つかっても叱られないから。」  階段を下りた所でちょうど先生に出くわしたが、用務員さんの言う通り叱られることはなかった。一体、この用務員さんは何者なんだ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!